いそうです。北々西の風、風速二十メートルだといってました」
「そうか」
 艇長は、それだけいって唇をかんだ。
 その時、一番奥の器械の前についていた通信士が、両耳受話器に手をかけながら、こっちをふりむいた。
「通信長。ニューヨーク本社が出ました」
「なに、本社が出た。それはお手柄だ」
 通信長は、竹竿をつないだような細い体を曲げて、奥へとんでいった。そして別の受話器を耳にかけた。
「はあ、はあ、ダン艇長がいま出ます」
「おお、本社が出たか」
 ダン艇長の頬に血の色が出た。
「ああ本社ですか」
 艇長の声は、上ずっていた。
「なに、専務ですか。いや、しばらくでした。ところで、例の二人組の共産党員ですがね、こっちじゃ分からなくって困っています。これにのりこんだことは、たしかなのでしょうね」
 しばらく艇長の声がとぎれた。
「ははあ、そうですか。すると、たしかに乗っているわけですね。では、そっちにその二人の人相書かなんかありませんか。ええ、何ですって。写真、それは素敵です。では、すぐその写真を電送して下さい。こっちの用意をさせますから」
 艇長は、まっ赤に興奮している。
「おい、写真電送で、二人の顔を送ってくる。すぐ受ける用意をしたまえ」
「はい」
 通信士は、スイッチをひねって、写真電送のドラムを起動した。このドラムの中に、薬品をぬった紙が入っていて、向こうから送る電波によって、一枚の写真が焼きつけられるのだ。
「は、用意ができました」
「もしもし、本社ですか。用意ができました。写真をすぐに送ってください」
 まもなくジイジイジイと、写真を焼きつけるための信号が入ってきた。もうあと十分たてば、写真は出来あがるのである。ケレンコの顔もリーロフの顔も、すっかり分かってしまうのだ。
 なんというすばらしい文明の利器であろうか!
 艇長はじめ通信係の一同は、ジイジイジイと廻るドラムの上を、またたきもせず、見つめている。やがてドラムの中に焼きあがる写真は、そもどんな顔をしているであろう。
 一分、二分、三分――誰一人、声をだす者もない。
 その時だった。
 この無電室の入口の扉が、音もなくすーっと細目にあいた。室内の者は、誰も気がつかない。
 その扉の間から、ぬーっと現われたものがある。
 あ、ピストルの銃口だ!
 ピストルの銃口は、しずかに室内の誰かを狙うものの如くぴたりととま
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