もかまいません。あなたには御関係のないことです」
「なにを。こいつが!」
 叫びざま、リキーが艇長におどりかかろうとした時、
「リキー、その子供をお放しよ」
 それまで隅っこに風呂敷のような布をかぶって、だまっていたケント老夫人が、かすれ声でたしなめた。
「ううん。ちぇっ」
 リキーは舌うちしながら、にわかに見世物の象のようにおとなしくなった。それでも、なにかぶつぶついいながら、小脇にかかえこんでいた中国少年を、床のうえにどすんと放りだした。
「あっ」といって、中国少年は、その場に倒れた。
 太刀川時夫は、そうなるのを待っていたかのように、前へすすみ出て、中国少年をおこしてやった。
「もう泣かないでもいい、こっちへおいで」
「?」
 中国少年は、びっくりしたような顔をして、太刀川青年を見あげた。
「さあ、僕のとなりの四十九番の席にかけなさい」
 太刀川は、汚れきった中国少年に眉一つゆがめず、やさしくいたわって、座席へつかせてやった。
 太刀川は、ダン艇長にたのみ、料金を払って中国少年をたすけてやったのであった。
 これで密航者の問題は無事におさまったが、おさまらないのは、厄介な酔っぱらいリキーであった、よろよろと立ち上ると突然、
「やい」
 と叫んでどすんと腰を下した。
「やい、よくも貴様は、おれの邪魔をしやがったな。よーし、今にみていろ、吠面《ほえづら》をかかしてやるからな」
 いいながら又立ち上ろうとする。と、ケント老夫人が又たしなめた。リキーはしぶしぶ腰を下したが、いまいましそうにこちらを睨みながら、時々何事かつぶやいていた。
 太刀川は、たいへんなお客と乗り合わせたものだと思った。
 中国少年は、彼にたすけられて、すっかり安心したものか、すやすやと安らかな鼾《いびき》をかきはじめた。


   怪しい透視力


 密航少年事件が、曲りなりにもおさまったので、ダン艇長は、艇員たちをつれて、自室にひきあげた。
「どうだい皆。二人組の共産党員の心あたりはついたかね」
「はい、私の受持の部屋には、怪しい者は見当りませんでした」
「私の受持でも、駄目でした」
「そうか。じゃあ、皆、獲物なしというわけだね」
 ダン艇長の顔には、深い憂《うれい》の皺《しわ》がうかんだ。その時、
「艇長」
 とよびかけたのは、事務長だった。
「何だ」
「あの本社からの秘密無電に、誤りがある
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