れにのぞんで彼にいった言葉が思いだされた。
(そうだった。軽々しいことはできない)
 太刀川は、一歩手前で、気がついた。彼の双肩には、祖国日本の運命がかかっているのだ。リキーと闘って勝てばいいが、もし負けて、中国少年同様、南シナ海になげこまれてしまえば、祖国への御奉公も、それまでではないか。
(といって、あの中国少年は見殺しには出来ない)
 太刀川は、わが胸に問い、わが胸に答えながら、考えこんでいたが、何事を思いついたのか、
「そうだ」といって席をたった。


   おそろしい制裁


 ダン艇長は、隣室の騒ぎを、まだ知らなかった。太刀川が扉をひらいたので、はじめて気がついたようであったが、太刀川は立ちあがろうとするダン艇長を、すぐさま手まねで押しとどめて、そして扉をぴたりと閉じた。
 どんな話が、艇長室のなかでとりかわされたかわからない。
 だが、それから、一、二分のち、ダン艇長は間の扉をひらいて、さりげない風で、たけり立つリキーの前にやって来た。
「おさわがせして、あいすみませんでした。どうぞリキーさん、その少年をこっちへお渡しください」
 艇長は、おそれ気もなく、リキーによびかけた。
「な、なんだ。うん、貴様は艇長だな。貴様たちが、あまりだらしないから、こういうことになるのだぞ。さあ、どけ、おれがじきじき、この密航者を片づけてやるのだ」[#「やるのだ」」は底本では「やるのだ」]
「ちょいとお待ちください。あなたは密航者密航者とおっしゃいますが、その密航者は、どこにおります?」
「なんだと!」リキーは、眉をぴくりとうごかした。
「密航者はどこにいるかって? この野郎、貴様の目は節穴か。よく見ろ、こいつを」
 リキーは、熟柿のような顔をしながら、片腕にひっかかえた中国少年の頭を、こつんと殴った。
「あ、その少年のことですか。それなら密航者ではありません」
「何を、貴様、そんなうまいことをいって、おれはそんな手で胡魔化されないぞ」
「いえ、本当なのです。その少年の渡航料金は、ちゃんと支払われているのです」
「馬鹿をいうな。おれはそこにいる艇員が、密航者だといったのを聞いたのだ」
「いや、それは何かの間違いでございましょう。この少年の渡航料金はたしかにいただいてあります。艇長が申すのですから間違いありません」
「そんな筈はない。一体だれが渡航料を払ったのだ」
「だれで
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