して始めて手拭を出して、両手をよく拭った。
 見物していた連中は、そこでハーッと溜息をついた。それは深い深い溜息であった。屍体を迎えるために、車のついた白い台が再び入口から入って来た。解剖医はもうその方には見向きもしないで、洋服の上衣に腕をとおしていた。――
 こうして解剖は終った。
 その後で、この医師から解剖でたしかめたところの報告がなされる筈であった。僕はすっかり満足して、席からたちあがった。そしてポケットから「暁」を一本ぬきだして口に銜《くわ》えた。
 時間を見ると丁度一時間半経過していた。お医者さんもずいぶん疲れたことだろう。そう思って下を見ると、医師は入口の傍に立って、ただ一人うまそうに莨《たばこ》をすっていた。それはいかにもうまそうに見えた。



底本:「海野十三全集 別巻1 評論・ノンフィクション」三一書房
   1991(平成3)年10月15日第1版第1刷発行
初出:「シュピオ」
   1937(昭和12)年1月号
入力:田中哲郎
校正:土屋隆
2005年6月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.
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