、少年は、依然として穏かに睡っているような顔をしているのである。少年の死因を親しく検べて呉れるこの警察医に、心から感謝の意を表わしているようにも見えた。――
 メスが手伝って、象牙のように白い頭蓋骨は、耳から上部に於て、全く皮膚と離れてしまった。すると医師の右手には、メスの代りに西洋鋸が握られた。
 大事に大事に、太い竹の根を切るように、その顔は頭蓋骨に鉢巻させるように溝をつけていった。ゴシゴシゴシと深刻な響が、シーンとした解剖室の中にひびき渡るのであった。助手は屍体をまた裏がえして、警察医が頭蓋骨を切りよいように手伝った。
 こうしてグルッと溝の鉢巻ができた。
 すると医師は鋸を傍に置き、その代りに小さな鑿《のみ》と金槌とを左右の手に持った。
 見ていると、その鑿は溝の上に当てられた。そして鑿のお尻を、金槌がコンコンと叩いた。助手が屍体をグルッと廻すと、医師の持つ鑿もまた溝をグルッと廻ってゆく。そしてまた屍体が上向きにされたとき、鑿の作業は一ととおり終了した。いよいよこれから、溝を入れたところから、頭蓋骨を外すらしい。
 そのとき解剖医は、屍体の頭の方に廻った。見ると手には、片方がかすがいになったような金具をもっていた。その先端は、二つに裂けているようであった。そのかすがい様のものが、溝にひっかけられた。そこで医師は力を籠めて、頭蓋骨を引張った。
 すると、帽子が脱げるときのように、お椀の形をした頭蓋が、医師の手許の方へ開いた。パカッというような音がし、それにつづいてパリパリと脳膜が剥がれる音が聞えた。
 お椀のような頭蓋骨が、下に落ちると、頭蓋腔の中から、灰白色の脳がとびだしてきた。脳というのはこんなものかと思うほど、見かけは簡単な詰らないものである。太い蚯蚓《みみず》がもつれ合っているような豊かな皺《しわ》が見え、そして縦に二つに分かれているのがよく見えた。
 医師は、頭蓋骨の中から、それを切りはなした。延髄の下の方を切ったように見えた。医師はその脳を両手の中に入れて、解剖台の上に置いた。
 それからメスが閃《ひら》めくと見る間に、脳は縦に二つに切られた。まるで豆腐を切るような楽さであった。切断面を見ると、内部には白い髄体が見えた。そこには皺はなく、ギッシリと髄体がつまっていた。
 切り放された一方の脳は、こんどは横にズタズタに切りさいなまれた。これは奴豆腐を
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