た。
バケツには、かなり多量の血液が溜ったらしかった。結局この柄杓は一ぱい何シーシーという容量が決っていて、何ばいの血液がすくいだされたから、屍体の血液の量は尋常であったか、それとも尋常でなかったかが判定せられるのであろう。
ここで解剖がたしかに一段落したように思った。
医師は助手をよんだ。助手は紙と鉛筆とをもって、医師の近くへ寄った。医師は彼にだけ聞えるような低い声でもって、なにか云うのであった。すると助手が鉛筆をうごかしてしきりと紙の上に記入した。いつしか医師の手には、キャリパーが握られ、内臓などが一々寸法をとられていた。
それも終った。
すると医師は、屍体の頭の方に廻った。そこに切り彫《きざ》まれている脳を両手で下から持ちあげて、頭の中に押しこんだ。その上を、例のお碗のような頭蓋骨で蓋をした。それから前後にひろげてあった死者の頭の皮を両方からグッと引きよせた。するとその頭の皮は、また元のようにスポリと頭蓋骨の上に被された。死んだ少年の顔が再び見えた。彼の少年は、自分が解剖されたことはすこしも知らぬような実に穏かな顔をしていた。
医師は鞄のなかから曲った針と長い糸とを出して、針にその糸をとおした。
それから耳のうえの頭の皮の裂け目のところに、針をプツリとたて、スーッと引張ると糸がのびて、その裂け目がピッチリ[#「ピッチリ」は底本では「ピツチリ」]合わさった。そうして頭の皮は端からドンドン縫い合わされていった。
それが済むと、医師は屍体の横に立った。そして今度は、外にならべてあった内臓を一つ一つ空洞になった胸腔や腹腔のなかに抛《ほう》りこみはじめた。その内臓の置かれる場所は、正確に、元どおりではなかった。函の中に、形のちがった大小の缶詰をつめこむときのように、ドンドン詰めこんでいった。その内臓は盛りあがって見えた。その上に、血にまみれたガーゼを二枚かけ、横に置いてあった障子のような胸骨と肋骨と一体になったものを、その上に置いた。もちろんそれは胸のところだった。
それから糸のついた針が、咽喉のところにプツリと通され、そしてドンドン下の方へ縫い合わせていった。まるでつめ襟《えり》洋服の前を合わせたような形であった。それがすむと、始めに見たと同じような少年の裸体となった。腑分けされたようには見えないほど、元の姿にかえっていた。医師はガーゼを湯につけて、
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