てしまった。
「ああざんねんだ。とうとうのがしてしまった」
正太は、道のうえに坐って、おちる涙を拳《こぶし》でふいていた。
怪少年が、マリ子をさらっていったのだった。あの怪少年は、一体何者だろうか。それにしてもマリ子の様子が、ふにおちない。兄が声をかけたのだから、「ああ兄ちゃん」とかなんとかいって、こっちへかけだして来そうなものだ。しかしじっさいは、妹はこっちをみても知らん顔をしていた。じつにふしぎだ。ただ一つ、正太の心をなぐさめたものは、敦賀で見うしなった妹マリ子が、いつの間にか東京へ来ていたことである。マリ子が東京にいるならそのうちにまたどこかで会えるかもしれないと、正太ははかないのぞみをつないだ。正太は、その足で、久方《ひさかた》ぶりにわが家の門をくぐった。
病床の母は、おもいのほか元気だった。この分なら近いうちに起きあがれるかもしれないということであった。しかし母はマリ子の病気のことをきくとたいへん心配して、正太にいろいろとききただした。正太はつくりごとをはなしているので、母親からあまりいろいろきかれると、返事につまった。
「お母さん、マリ子は、はしかのような病気です、大したことはありません。ただ他の人にうつるとわるいから、あと一ヶ月ぐらい入院していなければならないのです」
そういって正太は、母親をなぐさめた。それをきいて母親はやっと顔いろを和《やわらげ》たのだった。
帆村探偵の事務所は、丸の内にあった。ウラル丸の船長からもらった紹介状を出すと、帆村はすぐ会ってくれた。
この探偵は、背が高くて、やせぎすの青年だった。茶色の眼鏡をかけ、スポーツ服を着ていた。しきりに煙草をぷかぷかふかしながら、正太の話をきいていたが、たいへん熱心にみえた。
「よくわかりました、正太さん」
と帆村探偵は、たのもしげにうなずいて、
「とにかく全力をあげて、マリ子さんの行方《ゆくえ》をさがしてみましょう。しかしですね、正太君、いまお話をきいて僕がたいへん面白く感じたことは、あなたの見た怪しい二人づれの少年少女と、昨日九段に陳列してあったソ連戦車をどろどろに熔《と》かした怪事件がありましたが、そのときあのへんをうろついていたやはり二人づれの怪少年少女があるのですが、どっちも同じ人物らしいことです。これはなかなか、手のこんだ事件のように思われますよ」
「戦車事件は、新聞でちょっと読みましたが、たいへんな事件ですね。しかし、妹のマリ子が、あのようなおそろしい事件にかかわりあっているとは、僕にはおもわれないのですが――」
「もちろん、マリ子さんにはなんの罪もないのでしょう。マリ子さんと一しょにとびまわっている少年、つまり正太君のにせ者が、いつも先にたってわるいことをしているのにちがいありません。その少年をひっとらえて、あなたと一しょに並べると、これはまたおもしろいだろうとおもいます。じつは、そのことについては、私にもいささか心あたりがあるのです」
「心あたりというと、どんなことでしょう」
「それがねえ――」と帆村探偵は、ちょっと言葉をとめて「いって、いいかわるいか、わからないが、どうもちかごろ怪しい外国人が入ってきて、すきがあれば日本の工場をぶっつぶしたり、軍隊の行動を邪魔したりしようと思っている。ゆだんはならないのです。ことに……」
といっているとき、扉があいて、帆村の助手の大辻がつかつかとはいってきた。
「先生、いまラジオが臨時ニュースを放送しています。横須賀《よこすか》のちかくにある火薬庫が大爆発したそうです」
爆発現場《ばくはつげんじょう》
火薬庫が大爆発をしたというしらせだ。帆村探偵は、椅子からたちあがった。
「正太君。いまおききになったように、火薬庫が爆発したそうですが、私はすこし心あたりがあるから、これからすぐそっちへいってみます。君も一しょについてきませんか」
帆村探偵にいわれ、正太ももちろん尻ごみをするような弱虫ではなかった。
「ええ、僕はどこへでもついてゆきますよ。ですけれどねえ、探偵さん、マリ子を何時とりかえしてくれますか」
「さあ、それはまだはっきりうけあいかねるが、私の考えでは、この火薬庫の爆発事件も、なにか君の妹さんと関係があるような気がしますよ。とにかく爆発現場へいってみれば、わかることです」
「じゃあ、これからすぐいきましょう」
「よろしい。おい大辻、三人ですぐでかけるが、用意はいいか」
「はい、用意はできています。そんなことだろうと思って、私は車を玄関につけておくように命じておきました」
帆村と正太と大辻の三人は、玄関に出た。自動車はちゃんとそこに待っていた。大辻が運転をした。三人はとぶように京浜国道をとばして現場へ急行した。一時間も走ったころ、山かげを廻った。すると運転台の大辻が、
「ああ先生、あそこですよ。たいへんな煙がでています」
と、前をゆびさした。なるほど、まっ黒な煙が、もうもうとふきだしている。
「そうだ。あそこにちがいない。おい大辻、全速力ですっとばせ!」
帆村探偵の命令で、なお全速力で、現場に近づくにしたがって、爆発のため破壊された家や塀《へい》の惨状《さんじょう》が、三人の目をおどろかせた。現場ちかくで頤紐《あごひも》かけた警官隊に停車を命ぜられた。
「おいおい、ここから中へはいってはいけない」
三人は車をおりた。帆村が口をきくと、非常線を通してくれた。三人は、地上に大蛇《だいじゃ》のようにはっている水道のホースのうえをとびこえながら、なおも奥の方へすすんだ。
「おい、そっちいっちゃ、あぶない。そっちには、まだ爆発していない火薬庫があるんだ」
そういって一人の警部が、帆村たちにこえをかけたが、急に気がついたという風に、
「おう、帆村君か。君もやってきたのか」
と、帆村に話しかけた。帆村がその方を見ると、それは彼と親しい警部だった。
「やあ、河原警部さんじゃありませんか。どうもご苦労さまです。一体どうして爆発がおこったんですか」
「そのことだよ」と河原警部は首をかしげて「どうも原因がわからなくて困っているのだ。君もなにか気がついたら、参考にきかせてくれたまえ」
帆村探偵はたのもしげにうなずくと、すぐさま一つたずねた。
「爆発の前に、少年と少女が現場附近をうろついていたというようなしらせはありませんか」
「少年と少女とがうろついていなかったかというのかね。はてな、そういえば誰かがそんなことをいっていたよ。その少年と少女とが、どうかしたのかね」
「その少年が、どうも怪しいんですよ。あれはただの人間じゃありませんよ」
「えっ、人間じゃない」河原警部はふしぎそうな顔をして、
「人間じゃなければ、何だというのかね。まさか化物《ばけもの》だというのではないだろうね」
帆村探偵は、なんとこたえたろうか。
人造人間《じんぞうにんげん》か、人間か
「警部さん、あの怪少年は、一種の化物ですよ」
帆村探偵は、大まじめでいった。
「化物の一種だとすると、狸かね狐かね。はははは、そんなばかばかしいことが……」
「警部さん。その怪少年というのは、ここにいる私の連《つ》れの正太君そっくりの身体、そしてそっくりの顔をしているのですよ」
「なんだ、この少年と似ているのか。ふーん、じゃ、あの化け物もかわいい少年なんだね」
「そうです。似ているというよりも、双生児《ふたご》のように、いやそれよりも写真のようにといった方がいいでしょうが、この正太君そっくりなんです」
「なんだ双生児《ふたご》なのか」
「いや、双生児のようによく似ているというはなしです。それがたいへんおかしい。だから私は、こう考えているのです。あの怪少年は、人造人間にちがいない」
「えっ、人造人間? はははは、君はますますへんなことをいうね」
「いやじつは、さっき正太君から聞いた話で思いあたったのですが、あの怪少年こそ、ウラジオの人造人間研究家のイワノフ博士がこしらえた人造人間エフ氏じゃないかと思うのです。これはこれからのち、よくしらべてみないとわかりませんけれど」
「人造人間エフ氏!」
「いよいよこれはなんだかわからなくなった」
そういっているとき、さっきから二人の傍《そば》に立って爆発現場《ばくはつげんじょう》を見まわしていた正太少年は、いきなり大きなこえをはりあげ、
「あっ、あそこに大木老人がいる。僕ちょっといって、大木老人にあってきます」
それをきいた帆村は、正太の指さしている方を見た。なるほど髭《ひげ》だらけの眼鏡をかけた老人が、なんの用事があってか、壊《こわ》れた火薬庫のあとをうろついている。
「ちょっとお待ち、正太君。あの老人にあうのは、ちょっと待って下さい」
「なぜ大木老人にあってはいけないのですか。あの老人は、僕にもマリ子にもたいへん親切だったんですよ、さっき、僕が帆村さんにくわしくお話したでしょう」
「それはわかっています。それだから、ちょっと待ってくださいと、とめたんです」といって帆村は正太の顔をじっと見て、
「ねえ正太君。私はあの老人を一番あやしいと睨《にら》んでいたのですよ。なんだってあの老人は、怪少年があらわれると、いつでもかならずそのあとに姿をあらわすのでしょうか」
「僕、大木老人はいい人だと思うがなあ。船の中でも、僕のことをたいへんかばってくれましたよ。あのとき僕は、もうすこしで船の中の牢屋《ろうや》にいれられるところだったんです。そのとき大木老人がきてくれて、僕が無罪だということをさかんにいってくれたんです。だから僕は、牢にも入らないで、船の中をずっと自由に歩きまわることができたくらいなんですよ」
「それがどうもあやしい」
「あれ、どうしてです。僕を助けてくれた人があやしいとは、わけがわかりませんよ」
「いや、いまによく分るでしょう。私には、大木老人となのるあの怪人物が、なにをもくろんでいたか、分るような気がするのです。正太君、いま僕のいった言葉を忘れないように」
「どうもへんだあ」
正太は、帆村探偵のいったことが、なかなかのみこめなかった。探偵は、大木老人を何者だと考えているのだろうか。
裏山の怪
帆村探偵は、大木老人のあとを、どこまでもついていってみるといいだした。正太はそれをきいて、むだなことだと思った。それよりも、人造人間エフ氏かもしれないというその怪少年をおいかけた方がいいと思い、帆村にはなすと、探偵は、
「とにかく私は、大木老人をおいかけます。君は私についてきますか、ついてくるのがいやなら、私ひとりでいきます」
「僕は、マリ子の方をさがしたいのです」
「そうですか。よくわかりました。では、正太君には、私の助手の大辻をつけてあげましょう。大辻はなかなか力があるから、きっと君の役に立つでしょう」
そういって帆村は、大辻を正太の方につけ、そそくさと出かけてしまった。探偵は、なにか心の中に、はっきり考えていることがあるらしかった。
「さあ、坊っちゃん。先生のいいつけで、わしは坊っちゃんのお伴をすることになりましたが、これから何をしますかね」
大辻は、仁王さまのように大きな男、太い腕を胸にくんで、正太を見おろす。
「じゃあ大辻さん。僕が探偵長になるから、大辻さんは僕の助手というようにしてこれから妹と怪少年のあとをおいかけようや」
「なに、わしは助手か。ああなさけない。わしはいつまでたっても万年助手《まんねんじょしゅ》だ」
「じゃあ、いやだというの」
「いやじゃない。いやだなどといったら、あとで先生から、叱《しか》られるよ」
「ついてくるのなら、それでもいいが、大辻さんは、あまり役に立たない探偵なんだろう」
「じょ、じょうだんいっちゃこまるよ。先生もさっきいったじゃないか。力にかけては、双葉山でも大辻にはかなわないとね」
「あんなことをいってらあ。やっぱり双葉山の方がつよいにきまっているよ」
「子供のくせに、なまいきなことをいうな。出かけるものなら、さっさと出かけようぜ」
正太は、探偵長になったつもりで、さっそく河原警部にはなしをし、
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