こっちは、イワノフ博士である。人造人間エフ氏の身体をあけて、そこにぎっしりつまっている器械をなおしているうちに、彼はなにか気になる物音をきいた。
「はてな、あれはなんの音だろうか?」
博士は、どこかでざざあ、どどーんと、岩石がこわれておちる音をきいてたち上った。
「ふむ、あの探偵と小僧とが、脱走をしようとおもって岩穴《いわあな》をくずしているのかもしれない。きっとそれにちがいない。うむ、ひどい目にあわせてくれるぞ」
博士は、ピストルをもって、室を出ていった。地下道にひびく博士の足音。
博士は、帆村探偵と正太少年とを放りこんである土牢《つちろう》の前に、そっと近づいた。そして小さい格子窓《こうしまど》のところへよった。かすかな豆電球がともっている土牢であった。博士の目は、そのうすぐらい明りをたよりにして石牢の中をのぞいた。
「あっ、いた――二人とも、あそこに長くなって倒れている。さっきのやつが、よほどきいたとみえるな。これで安心、大安心だ。すると、あのもの音はマリ子を入れてある奥の牢の方かもしれない。そっちを見てこよう」
そういって博士は、地下道を奥の方へとはいっていった。
ところが博士が向うへいったとわかると、帆村と正太は、がばとはねおきた。じつは二人とも、わざと倒れている様子をしていたのである。
「さあ、今のうちだ。いよいよ穴があくぞ」
二人は、蝗《いなご》のように壁にとびついた。そして棒切《ぼうきれ》みたいなもので、暗い壁をつついていたが、どうしたものか、にわかに壁をとおしてさっと一|条《すじ》の光がとびだした。
意外な出来事
光だ! 暗い壁から、ぱっとさしこんだ光だ!
その光は、みるみる大きくなっていった。帆村と正太は、あらそうようにして、この光のそばにくっついて、はなれない。
「ふん、よく見える!」低いこえで帆村がいった。
「見えるの、室内が……」と、これは正太少年だった。壁に穴があいたのだ。壁穴をとおして、となりの室内が見える。
「あっ、あそこに人造人間がいる。正太君、ちょっとここへ来て、中を見たまえ。僕が抱いてあげよう」帆村は正太を、うしろから抱きあげて、穴をとおし室内の様子をみせてやった。
「あっ、あいつだ。僕そっくりの顔をしている。人造人間エフ氏だ」
「正太君、しずかに――」と、帆村は注意をした。
「ねえ正太君。いま見ると、壁の穴から、大してとおくないところに、イワノフ博士が大事にしている人造人間エフ氏を操縦する器械が見える。机のうえに乗っているんだ。あいつを、なんとかして壊《こわ》してしまおうではないか。すると人造人間はきっとうごかなくなってしまうとおもうよ」
「ああ、それはうまい考えですね」
「博士がかえってこないうちに、あれを壊してしまおう。ちょっと横にどいていたまえ」
探偵帆村は、短い棒を手ににぎると、穴の中に手をさし入れた。穴が小さいので、手を一本入れると、向うを見るのがなかなか厄介《やっかい》である。
帆村は、あらかじめ見当をつけておいてから、右手をにゅっと出して、ひゅうひゅうと棒をふった。だが棒が短いのか、帆村の腕が短いのか、うまく器械にあたらない。
「もっと長いものはないかしら。よわったな、じゃこうしてみよう」
と、帆村は、棒をひっこめると、ハンカチーフをべりべりとさいて大急ぎで紐《ひも》をつくり、それを棒のさきにくくりつけた。それから紐の他の端には、ナイフをくくりつけた。
「これで、もう一度やってみよう」
「なるほど、帆村さんは、うまいことを考えだすなあ。僕すっかり感心しちゃった」
「なあに、くるしまぎれのちえだ」帆村は、ふたたび穴の中に右手をいれた。そして、手にもった棒をふりまわした。棒の先に紐で結ばれたナイフは、きりきりまわっていたが、やがてがたんと手応《てごた》えがあった。が、それっきり、棒がうごかなくなった。
「あれえ、どうしたのかな」といったが、帆村の腕は、腋《わき》の下まで穴の中にすっぽり入っているので、穴の隙間《すきま》がない。したがって向うも見えない。すると、とつぜん、大きな声だ。
「だ、誰だ!」イワノフ博士のこえだ。
「しまった。もう、いけない」帆村は、もうこれまでと思い、棒を握ったまま、満身《まんしん》の力をいれて、ぐっと手もとへひっぱった。
ずいぶんくるしかったが、棒はやっとうごいた。重いものが床の上におちる音がした。それはエフ氏を操縦する器械が下におちたのである。そのとたんに、
「あ、いたい」と、帆村が叫ぶ。このとき棒は彼の手から放れてしまった。彼は大急ぎで穴から腕をひっこめた。
「うおーっ」と、獣《けだもの》のようなものが呻《うな》るこえ。
「さあ、たいへん。ううん、よわった」これはイワノフ博士のこえ。
博士の室内からは、なにか
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