氏をさしむけて、二人の息《いき》の根《ね》をとめてやるぞ。前もって、いっておくぞ」
イワノフ博士は、いいたいことをいっていばっている、そのにくらしさ。でも、ざんねんながら、どうすることもできない帆村と正太とは、命じられるままに、奥まったところにある深い井戸のような石牢《いしろう》の中につきおとされてしまった。正太も帆村も、とびこんだとたんに腰骨《こしぼね》をいやというほどうち、石牢の底で、死んだようになってぐったりところがっているばかり、ものをいう元気さえなかった。
イワノフ博士は、すっかり安心してしまった。もうこれで、邪魔者《じゃまもの》はおっぱらったから、いよいよ日本へやってきた大仕事にかかろうとおもい、人造人間エフ氏を前にしてはかりごとを考えはじめた。
「さあ、いよいよとりかかるとしようか。どこからどういう風にやったものだろう」
イワノフ博士は、大きな日本の地図をひろげて、しきりに考えこんでいる様子だ。そのうちに博士は、大きく首を左右にふって、ふーっとため息をついた。
「どうもわし一人きりでは、はかりごとをつくるにしても、相談相手がなくて、どうも勝手がわるい。どうしたものかしらん」といって、博士は、こまった顔でたばこに火をつけ、しずかにけむりをくゆらせていたが、やがて膝をうって、「そうだ、いいことがある。人造人間エフ氏をよんで、話相手をさせよう。まねごとだけなんだから、エフ氏でもまにあうだろう」
博士は、たちあがった。そして壁のところへいった。博士はそこにかかっている剣道の胴当《どうあて》のようなものをおろし、元の椅子へかえってきた。これは一体なんであろうか。やはり剣道の胴当のように、たてに細い竹のきれのようなものが、胴の形に、やや円味《まるみ》をもってならんでいたが、これは竹ではなくて、或るめずらしい材料でつくったものだ。そのうえに、数えられないくらいたくさんのボタンが並んでいた。博士は、それを膝のうえにのせ、そのボタンの一つを指さきでおした。すると、そのしずかな洞穴のなかのどこかで、急にごとんごとんと重いものがうごく音がした。なんであろうか、その物音は?
エフ氏の怪
博士の目は部屋の隅にうつった。
そのとき、ぱたんと音がして、部屋の隅っこに、一つのまるい穴があいた。ごとんごとんの音は、その下からきこえてくる。――と、おもう間もなく、ぽーんといきおいよく穴から跳《は》ねあがってきたのは、正太少年であった。彼は一ぺん下にあたって、ゴム毬《まり》のようにはねあがったが、やがて足がふたたび下につくと、のそりのそりと博士の前にやってきた。正太少年が、なぜこんなところへとびだしてきたのであろうか、いや、正太少年でないことはたしかである。
「おお、人造人間エフ氏。話があるんだ。ちょっとこっちへおいで」
人造人間エフ氏をむかえて、イワノフ博士は、人間とおなじにあつかった。
「なにかご用ですか」と、エフ氏はいった。
「うむ、わしが作った人造人間じゃが、われながらうまくできたものじゃ。こっちのいった言葉に応じて、ちゃんと返事をするんだから、大したもんだよ」
博士は、うれしそうに、しげしげと人造人間をみて、
「まあ、そこへおかけ。そうだそうだ、そのとおりだ。――ところでエフ氏よ、いよいよかねての計画をここではじめようとおもうが、君の考えはどうかな」
「いいでしょう。ぜひはやくおはじめなさい」
「うまいうまい、その調子で、もっとたのむぞ。――ところで、それをやる前に、日本中の人間をふるえあがらしておきたいとおもうのだ。それには、ラジオでおどかすのが一番いいとおもう。どうだ、お前一つ臨時放送局となって、日本国民をびっくりさせるような放送をやってみる気はないか」
「いや、僕はバナナよりも林檎《りんご》の方がすきです」
「おかしいぞ、へんなことをいいだしたな。どうもこっちへきてから人造人間をつかいすぎたせいか、ときどき故障がおこるのには閉口《へいこう》じゃ。どれ、ちょっとしらべてやろう」
イワノフ博士は、人造人間エフ氏のそばへより、いきなりエフ氏の右の耳に手をかけると、ぐっと下にひいた。すると、なぜかエフ氏は、ラジオ体操をやるときのように、両足を左右へひらき、両手を水平にぱっとのばした。そして両眼《りょうがん》を閉じた。それは人造人間エフ氏をうごかす電気のスイッチを切ったのである。エフ氏の耳がスイッチだったのである。
博士は、エフ氏のそばによって、エフ氏が着ている正太君とおなじ洋服のボタンをはずして、腹をあけた。それから一つの鍵を出して、エフ氏の臍《へそ》の穴につきこみ、これをぐっとまわしてひっぱると、腹の皮がまるで扉のように手前へひらいて、腹の中がまる見えとなった。
――といっても、腹からは血がながれてくるわ
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