せているのか、わからんのじゃ。ただわかることは、これからきっと、この船になにかたいへんなことがおこるだろうということだ」
 そういっているとき、また一つ、へんなことがおこった。――老紳士のいったとおりだった。そのへんなことというのは、誰がやったのかしらないが、船のうえから海のうえにむかって、ボールのようなものがぽんぽんと二つ、なげられた。そのボールは、海のうえへおちると、どういう仕掛がしてあったのか、たちまちぱっと火がついて、たくさんの煙をむくむくとはきだした。一つのボールからは、黄いろい煙、もう一つのボールからは赤い煙が、ずんずんと波のうえにたちのぼるのであった。
「ほら、はじまった。誰か、船のなかから、へんじのかわりにあの煙をだしたのだ。いよいよこれはへんなことになったぞ」
 老紳士は、ふなばたにつかまって、煙をにらみつけた。飛行機は、煙のあがるのをまっていたらしく、このとき機首《きしゅ》をめぐらして、ずんずんもときた方にかえっていった。
「船長、船長!」
 老紳士は、こんどは船長をよびだした。船長とて、このへんな事件をしらないではなかった。船員のしらせで、さっきから船橋《ブリッジ》にでて、このありさまをすべてみてしっていた。
「やあ大木さん。あなた、あまりさわがないでください。船客たちのなかには、気のよわい方もいますからね」
 大木さんというのは、この老紳士の姓であった。
「だって、これがさわがずにいられますかね。だからわしは、船の出る前から、船長にあれほど注意しておいたのじゃ。たしかにこのウラル丸は、港をでるまえから、わるいやつに狙《ねら》われていたんじゃ。うっかりしていると、このウラル丸は沈没してしまいますぞ」
 老紳士は、目のいろをかえていた。


   犯人か?


 船長は、わざとおちつきをみせ、
「大したことはありません。いざといえば、軍艦がすぐたすけにきてくれますよ」
 というが、大木老人はなかなかおちつけない。
「では、すぐ手はずをととのえたがいい。この船には、わしがこんな年齢《とし》になるまで汗みずたらしてはたらいて作った全財産が荷物になっているのじゃ。船が沈没してしまえば、わしの一生はおしまいじゃ。あれあれ、あの信号旗はなにごとじゃ。それから、この船から放りだした赤と黄との煙の信号は、あれはなにごとじゃ」
「あの煙のことは、私もあやしいとおもっていましらべさせています。誰が、あれを海のなかへ放りこんだか、いますぐにわかります。」
 船長は、そういって、下甲板の方をちらとみた。さっき一等運転士を船内へやって、それをしらべさせているのであった。
 そのとき、一等運転士の顔が、階段の下からあらわれた。そのうしろから船員の一団が、中国人のコックをつかまえて、あがってくる。
「船長。こいつです、あの煙のでるボールを海のなかへなげこんだ犯人は……」
 一等運転士は、中国人のコックの張《ちょう》をゆびさした。
「なんだ、張か。お前は、なぜあのような煙のでるボールを海のなかへなげこんだのか」
「いえ、船長。わたし、悪いことない。わたし、なにもしらない」
 張は、つよく首をふった。すると、後にいた船員が、張の背中をどんとなぐりつけ、
「こら、うそをいうな。お前がボールをなげこんだところを、おれはうしろからちゃんとみていたんだ。かくしてもだめだ」
「えっ、あなたみていた。それ、うそないか」
「お前こそ、大うそつきだ。よし、いわないなら、いえるようにしてやる」
 と船員がコックの腕をむずとつかむと、張はすぐさま泣きごえをたて、
「ああ、わたし、いうあるよ、いうあるよ。あたし、ボールたしかに海へなげこんだ」
「それみろ。なぜなげこんだのか」
「それは、わたししらない。よそのひとに、ボールなげこむこと、たのまれたあるよ。わたし、お金もらった。そのお金もわたしいらない。あなたにあげる」
「だれが、お金をくれといった」船長が、このときこえをかけ、
「よし、わかった。張、お前はだれにたのまれて、煙のでるボールをなげこんだのか。どんなひとだか、それをいえ」
「それをいうと、わたし殺される」張は、がたがたふるえ出した。


   張《ちょう》の白状


「それをいうと殺されるって、いったい誰に殺されるというのか」
 と、船長がきつくたずねた。
「その子供にですよ」と張はいって、はっと口をとじたが、もうまにあわない。
「えっ、子供だって」船長はききかえした。
「それをたのんだのは、子供か、おい、へんじをしろ」
 張は、歯のねもあわず、がたがたふるえている。
「わたし、いわない、いわない」
「なにをいっているのか。お前にたのんだのは子供だとまで白状してしまったんじゃないか。いわないといっても、そりゃもうおそいよ。お前にたのんだその子供という
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