博士は、手を縛られていながら、さっきから小気味よげに、(今にごらんなさい。もっともっとたいへんなことが起るから……)と、いいたげな顔をしているのであった。それを考えると、帆村の腸《はらわた》は、煮えくりかえるおもいだった。
「イワノフ博士。あなたは、人造人間エフ氏をとりしずめる方法を知っておいでだろう。すぐそれをやってください」
 と、帆村探偵は、くやしいのをおさえて、博士にいった。するとイワノフ博士は、それ見たかという顔で、
「だめだめ、そんなことは。なにしろ、器械の故障なんだから、なにをしてもだめだよ。わしの手におえないものが、君の手におえるはずがないじゃないか」と、うそぶく。
 帆村は、歯をくいしばって、くやしがったが、どうすることもできない。
 すると、さっきから、じっとこれを見ていた正太少年が、口をだした。
「帆村のおじさん。こうすればいいのじゃないんですか。つまり、その操縦器をこわしてしまうんですよ。それさえこわしてしまったら、エフ氏も自然うごかないんじゃないのですか」
「うん、正太君、えらい。それはいい思いつきだ、じゃあ、操縦器をうちこわすか!」
 といって、帆村は、よこ目で、イワノフ博士の顔をみた。博士は、ふふんと、鼻の先で、それを笑っているようであった。帆村は、ちょっと迷った。ここでイワノフ博士が狼狽《ろうばい》してくれればいいのに、すこしもおどろいた様子がみえないのである。といって、いつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。せっかく手に入れた操縦器をぶちこわすのは、残念だが、どうも仕方がない。帆村は、その岩窟《がんくつ》の隅にもたせてあった大きな鉄の棒をとりあげた。そして、操縦機を睨みながら、うんと大きく、ふりあげたのであった。
「あははは、そんなことをして、あとで、後悔しないがいいぞ」
 それにかまわず、帆村は、えいやッと鉄の棒をうちおろした。その一瞬、一大音響の下に目もくらむような電光が、ぱっと室内を照らした。
「あッ!」と、帆村は、おどろきのこえをあげると、その場にもだえつつ、ばったりたおれた。
「ふふふふ、それ見ろ。だから、よせといったのだ」
 博士は、せせら笑って、立ちあがった。いつの間にか、博士をしばってあった縄が、全部とけていた。おどろいたのは、正太であった。
「イワノフ博士、あなたは、悪い人だ。帆村さんを、元のようにかえしてあげなさい」
「なにをいうか、正太。お前も、一しょにそこで長くのびているがいい」
 そういうと、イワノフ博士は、正太の頤《あご》をがんとつきあげ、正太があっといって倒れるのを尻目に、すばやく、部屋をとびだした。岩窟の外は、闇であった。イワノフ博士は、懐中電灯をつけると、どんどん麓《ふもと》の方へかけだした。遠くの空が、うす赤くこげている。どうやらそれは、戸塚の方角らしい。


   戦場そっくり


 博士は、どんどんと山道を駈けくだっていった。老人とも見えない足早であった。
「さあ、もう日本に永くいることは、無用だ。行きがけの駄賃《だちん》というやつで、かねて計画しておいた帝都東京を焼きうちして、それからおさらばということにしよう」
 イワノフ博士は、からからと笑って、なおも、走りつづけた。
 こっちは、帆村探偵だった。電撃をうけて、彼は一時ひっくりかえったが、ほどなく、正気にかえった。あたりは、しーんとしずまりかえっていたのに、びっくりして、はね起きた。起きてみて、三|度《たび》びっくりだ。傍《そば》に正太少年が、長くなって倒れているではないか。
「おい正太君、しっかりしなさい」と、抱《かか》えあげて、ゆすぶると、正太も気がついた。
「おい、イワノフ博士がいないぞ。さては、にげたか」
 そのへんを探したが、もちろんイワノフ博士の姿が見つかるはずがない。そのとき、二人の頭の上で、またラジオが鳴りだした。また臨時ニュースだ。
「臨時ニュースを申上げます。保土ヶ谷トンネルの爆破現場《ばくはげんじょう》は、わが軍隊によって、完全に包囲されました。怪少年と見えたのは、どうやら恐るべき人造人間であることが推定されましたので、戦車部隊が、円陣《えんじん》をつくりまして、だんだん輪を小さくして、人造人間を捕えるのに努力中であります。――あ、只今、追加のニュースが入りました。人造人間は、さきほどから、急に様子がかわりまして、しきりに土を掘っています。たとえどこへ潜りこみましょうとも、もう間もなく捕えられることでありましょう。臨時ニュースを、おわります。なお、いつ、避難命令が出ますかわかりませんから、どうぞスイッチをお切りにならないようにと、当局からのご注意がありました」
 帆村と正太とは、おもわず走りよって、手を握った。
「行こう、保土ヶ谷へ」
「行きましょう」
 二人は、外へとびだ
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