せているのか、わからんのじゃ。ただわかることは、これからきっと、この船になにかたいへんなことがおこるだろうということだ」
 そういっているとき、また一つ、へんなことがおこった。――老紳士のいったとおりだった。そのへんなことというのは、誰がやったのかしらないが、船のうえから海のうえにむかって、ボールのようなものがぽんぽんと二つ、なげられた。そのボールは、海のうえへおちると、どういう仕掛がしてあったのか、たちまちぱっと火がついて、たくさんの煙をむくむくとはきだした。一つのボールからは、黄いろい煙、もう一つのボールからは赤い煙が、ずんずんと波のうえにたちのぼるのであった。
「ほら、はじまった。誰か、船のなかから、へんじのかわりにあの煙をだしたのだ。いよいよこれはへんなことになったぞ」
 老紳士は、ふなばたにつかまって、煙をにらみつけた。飛行機は、煙のあがるのをまっていたらしく、このとき機首《きしゅ》をめぐらして、ずんずんもときた方にかえっていった。
「船長、船長!」
 老紳士は、こんどは船長をよびだした。船長とて、このへんな事件をしらないではなかった。船員のしらせで、さっきから船橋《ブリッジ》にでて、このありさまをすべてみてしっていた。
「やあ大木さん。あなた、あまりさわがないでください。船客たちのなかには、気のよわい方もいますからね」
 大木さんというのは、この老紳士の姓であった。
「だって、これがさわがずにいられますかね。だからわしは、船の出る前から、船長にあれほど注意しておいたのじゃ。たしかにこのウラル丸は、港をでるまえから、わるいやつに狙《ねら》われていたんじゃ。うっかりしていると、このウラル丸は沈没してしまいますぞ」
 老紳士は、目のいろをかえていた。


   犯人か?


 船長は、わざとおちつきをみせ、
「大したことはありません。いざといえば、軍艦がすぐたすけにきてくれますよ」
 というが、大木老人はなかなかおちつけない。
「では、すぐ手はずをととのえたがいい。この船には、わしがこんな年齢《とし》になるまで汗みずたらしてはたらいて作った全財産が荷物になっているのじゃ。船が沈没してしまえば、わしの一生はおしまいじゃ。あれあれ、あの信号旗はなにごとじゃ。それから、この船から放りだした赤と黄との煙の信号は、あれはなにごとじゃ」
「あの煙のことは、私もあやしいとお
前へ 次へ
全58ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング