いるものであることは始めてしったが、そのA型人造人間の発明者であるモール博士が、それを停めたり、また走らせたりする器械をもっているのは、ふしぎなことではない。
「そんなことは、なんでもないが、ベン隧道《トンネル》の下の、ドイツ軍の秘密の地下工場で、早速《さっそく》このようなりっぱな実物《じつぶつ》をつくりあげてしまったことは、腹も立つが、なんとおどろくべき、製造力だろう」
 と、さすがの博士も、舌をまいた。
「博士はこれから、どうされるのですか」
「わしかね。わしは、やはり国境を越えて、フランスに入るつもりだ。君にあって、たいへんうれしいが、あと、ハンスのことが気がかりだが、仕方があるまい。では、君たち、わしの自動車に、一緒にのったがいい」
 博士は、車上から手招《てまね》きをした。
 ニーナは、さっきから、道傍《みちばた》に身体をなげだして、死んだようになって、疲れを休めていたが、これを聞くと、むくむくと起きあがって、博士の自動車の方へ、よろめき歩いて行った。私も、ニーナにならうより外はない。しかし、この人造人間を、このままにしておくのは、たいへん勿体《もったい》ないことだと思ったので、
「博士、この人造人間は、どうしますか」
 と、たずねた。
 博士は、車上にかがんで、受話器を耳にあてて、何かの音を聞いていたが、このとき髯《ひげ》もじゃの顔をあげ、
「この人造人間は、ここで片づけていく」
「片づけていくとは……」
「なあに、壊《こわ》していくのさ」
「そんなことが出来るのですか」
「出来るとも。わしが設計したんだもの。しかもこのA型人造人間も、ハンスの持っているB型人造人間も、じつはどっちも、不完全なんだから、こわすのは、わけなしだ」
 博士は、妙なことをいいだした。
「不完全ですって。なにが、不完全なんですか」
「そのわけは、ちょっと簡単にいえない。が、要するに、ちょっとやれば、すぐ壊《こわ》れてしまうようなものは、不完全の証拠《しょうこ》だ。わしは……」
 といいかけた博士は、そこで急にことばをきって、熱心に受話器から流れ出す音をきき始めた。
「おお、そうか。いよいよやって来たか」
「やって来た? なにがやって来たのです」
「人造人間部隊の襲来《しゅうらい》だ。おそらく、お前たちが出発してすぐその後から、ドイツ軍がくりだしたものだろう。おお、見える見える。もうあそこまで来た。畜生、わしのものを失敬して、わしを攻めるとは、けしからんドイツ軍だ。だが、今に見ておれ」
 博士は、かずかずの呪《のろ》いのことばを、地平線のあなたに投げつけた。はるかうしろの、もうすっかり明け放れた地平線上には、いつの間に追いついたのか、三四百人の人造人間部隊が、肩を揃え、顔を並べて、大河の流れのように、こっちへ押しよせてくるのであった。
「あっ、撃った」
「えっ」
「人造人間の腕に仕掛けてある機銃《きじゅう》が、一せいにこっちに向いて、撃ちだしたぞ」
 だだだン、だだだン、だだだン。
 ものすごい銃声だ。銃弾は、ひゅーン、ひゅーンと、呻《うな》りごえをあげて、私たちのまわりにとんで来る。私は、博士にうながされて、いそいで自動車上の人となった。
「見ていろ、千吉。今あの人造人間部隊を、一時にぶっつぶしてみるから」
 博士は、しわがれたこえで叫ぶと、車上の器械のスイッチを入れて、釦《ボタン》をぽンぽンと押した。
「あれ、見よ!」
 轟然《ごうぜん》たる音が、人造人間部隊の中から、起った。私は、今までに、こんな痛快な光景をみたことがない。一瞬のうちに、人造人間部隊は、ばらばらになって、空中に飛び散ってしまったのである。その有様《ありさま》は、飛行機の空中分解と、あまりかわらなかったが、しかし、これは、何百というA型人造人間が、一せいに分解して飛び散ったのであるから、その壮観《そうかん》な光景といったら、なんといってあらわしたがいいか、見当がつかないほどだ。
 ドイツ軍が、人造人間で追撃させたことも、博士のために、無駄に終った。

   大悪人《だいあくにん》だ

「さあ、この隙《すき》に、国境まで急行しよう」
 博士は、自動車のハンドルをとった。私たちの乗った車は、空中にまい上ったA型人造人間の破片《はへん》が、まだ地上におちない先に、国境向けて、疾走《しっそう》を始めたのであった。
「向うに見えるあの丘陵《きゅうりょう》を越えれば、国境は目の下に見えるのだ。あと七八十キロ!」
 博士は、元気なこえで言った。
 私たちの自動車が、丁度丘陵の下までやって来たときに、博士はなに思ったか、
「あっ!」
 と叫んで、大急ぎで、ブレーキをかけた。
「どうしたのですか、モール博士」
 と、私は、博士の背中越《せなかご》しにこえをかけた。
「また、人造人間部隊が現
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