湧いてくる中を例の美しい空色の液体が硝子の器の中に、なみなみと湛《たた》えられた。
「どうです、綺麗なものでしょう。広重《ひろしげ》の描いた美しい空の色と同じでしょう」
丘署長も田熊氏も感心して見惚《みと》れた。
「なにしろこの液体空気は氷点下百九十度という冷寒なものですから、これに漬《つ》けたものは何でも冷え切って、非常に硬く、そして脆《もろ》くなります。ごらんなさい。これは林檎《りんご》です。これを入れてみましょう」
技師は赤い林檎を箸の先に突きさして、液体空気の中にズブリと漬けた。ミシミシという音がして、液体空気が奔騰《ほんとう》した。その後で箸を持ち上げると、真赤な林檎が洋盃《コップ》の底から現れたが、空中に出すと忽ち湿気を吸って、表面が真白な氷で蔽《おお》われた。
「さあこの冷え切った林檎は、相当堅くなりましたよ。小さい釘ぐらいなら、この林檎を金槌《かなづち》の代りにして、木の中に打ちこめますよ」
技師は小さな釘をみつけて、台の上につきさすと、その頭を凍った林檎で槌がわりにコンコンと叩いた。釘は案にたがわず、打たれるたびに台の中へめりこんでいった。見物の一同は、唖然《あ
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