して思い出せないという形だった。そのうちに彼の乗った自動車は空気工場の前に来ていた。


     5


 彼は車を降りると、門を入り、玄関からズカズカ中へ入っていった。いつも行きつけているので、玄関脇の大きな応接室へ飛び込むと、そこには一隊の警察官を率いた先客の丘署長が居て、拙《まず》い視線をパッタリ合わせた。署長は顔に青筋を立てた。
「いよオ――」と社長は一と声かけた。「いかんじゃないか。折角ひとが聴いとるものを途中で切ってしまうなんて男らしくないぞ」
 また先《せん》を越された署長は、ポカンと口を開いたまま、一言も云えなかった。
 そこへ工場主の赤沢金弥と、青谷技師とが入ってきた。
「やあ、これは……」
 と赤沢氏は、元気のない声で署長に挨拶をした。
「署長さんが必ずここへお出でになると思っていましたよ」
 と、青谷技師の方は愛想よく云った。
「今日は実は……」と署長は苦が手の方を気にしながら、来意を述べにかかった。「液体空気を一壜貰いにやってきたのです」
 赤沢氏はますます泣き出しそうになりながら、幾度も肯《うなず》いた。赤沢氏は青谷技師に案内を命じたあとで、
「丘さん」と署
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