「一体どうしたのかネ」と署長は無遠慮な声を出した。
「こう再三失踪者を出すということについては、君の責任を問わにゃならん」
 そういわれた赤沢博士は、眼玉をギョロつかせて署長を睨《にら》み据《す》えた。
「三年来の失踪者が判らんのでは、わし達も警察の存在を疑いたくなりますよ。早く家内を探し出して下さい」
 青谷技師は、その後方で一人気をもんでいる様子だった。
 署長は「では何もかも言うのですぞ」と一喝《いっかつ》して置いて、まず工場主から夫人失踪前後の模様を聴取した。
「わしは昨夜十時頃まで工場にいました」と博士は口だけを動かした。「わしは調べものがあったから、本館二階の自室で読書をしていたのです。十時を打ったので灯を消し、本館を出て、別館へ帰りました。そこはわしと家内との住居《すまい》に充《あ》てているのです。ところが家内は私を出迎えません。わしは家内の部屋へ行ってみました。家内はそこにも見えません。いろいろ探しましたが影も形もありません。それからこっち、家内を一度も見掛けないのです。わしの知っているのは、それだけです」
「君は夫人がどうしていると思っていたのか」
 と丘署長が尋ねた。
「はい、多分ベッドに寝ていることと思いました。しかしベッドはキチンとしていまして別に入った様子もありません」
「灯りは点《つ》いていたかネ」
「いいえ、点いていませんでした」
「お手伝いさんかなんかは居ないのかネ」
「一人いたのですが、前々日に親類に不幸があるというので、暇を取って宿下《やどさが》りをしていました。だから当夜は家内一人きりの筈です」
「何という名かネ。もっと詳《くわ》しく云いたまえ」
「峰花子といいます。別に特徴もありませんが、この右足湖《うそくこ》を東に渡った湖口《ここう》に親類があって、そこの従姉《いとこ》が死んだということでした」
「君は夜中に夫人の失踪に気付きながら、なぜ人を呼ばなかったのだ」
「わしは青谷技師以外の[#「以外の」は底本では「意外の」]者を頼みにしていません。それでこれを呼びたかったのですが、技師の家は湖水の南岸を一キロあまり、つまり湖口《うみぐち》なのですからたいへんです。昼間なら一台トラックがあるのですが、いつも技師が自宅まで乗って帰るので、その便もありません。それで夜が明けて出勤してくるのを待つことにしたのです。第一、わしはもう十年以
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