ろで博士が自滅するように計画をたてたのです。ところが署長のために不意に手錠をかけられてしまったので、狼狽《ろうばい》のあまり、血型のことなど持ち出して、即座に手錠を解かせるつもりでした。永く手錠をかけられていることは貴下の大不利ですからネ」といって髭男はジロリと青谷の顔を見た。
「なぜ大不利か? 手錠をかけられていることが永いほど、純潔らしい貴下の顔形が曇ってゆくからです。これまで六回に亘って貴下が犯してきた変態殺人がそのまま露見せずに終るとは貴下も考えないでしょう。貴下は全く許すべからざる趣味の人です。貴下は神を忘れている。科学者が神を忘れたときは、いつまでも貴下のようになりやすいものです。こうしているうちにも、湖底に潜《くぐ》った潜水夫が、六人の犠牲者の遺物を捜しあてて持ってくるかも知れません。……手錠を早く外《はず》して貰いたいために、貴下は反証なんかを挙げて署長を駭《おどろ》かせたが、貴下は自らの罠にかかったのです。珠江夫人は本館内の貴下の室に隠れていました。夫人は一旦貴下の誘惑にかかりはしたものの前非を悔いて、実は博士の室へ打ち明けに出たところを、博士は幽霊だと駭いたのです。そしてとうとう貴下の仕かけて置いた罠に陥ってあの最期です。僕もあのときは、もっと上等の扮装《なり》をして一行に加わっていたので、『幽霊』という言葉とかねて血型の相違についての疑問とによって、夫人の生存していることを悟りました。そして一足お先に夫人と共にこっちへ帰っていたのです。逢いたければ夫人をここへ連れてきましょうか」
 一座の駭きの中に、青谷は眼を閉じた。しかし暫くするとまた頭を上げて云った。
「すると貴下は一体誰ですか」
「僕ですか」と髭男が云った。「僕はこの右足湖畔の怪を調べるために、東京から派遣されたこういう者です。犯人を捜す便宜《べんぎ》のため、署長さんに永く隠して貰っていたのです」
 そういって、青谷技師の手錠の上へ一枚の名刺を置いた。それには「私立探偵|帆村荘六《ほむらそうろく》」とあった。



底本:「海野十三全集 第3巻 深夜の市長」三一書房
   1988(昭和63)年6月30日第1版第1刷発行
初出:「新青年」博文館
   1934(昭和9)年12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:たまどん
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