長の方に向いた、「どうですか、あの事件は。どの位お判りになりましたナ」とオズオズ尋ねた。
「いや、奥さんの敵は、もうすぐ讐《と》ってあげますよ。犯人が屍体を湖水の中に投じたことは判明しました。この上は、犯人がどうして屍体を灰のように細かくしたかと云うことが判ればいいのです」
「ああ、そうですか、」と工場主はブルブル震《ふる》え手を自分の口に当てながら、「すると犯人は誰ですか」
「それはまだ言明《げんめい》できません。しかしもう解っているも同然ですよ」
「オイ出鱈目もいい加減にせんか」と社長がのさばり出た。
「このボンクラ署長に何が判っているものか。誰かに散々教授をうけていたくせに。つまらんことを喋《しゃべ》るのを止して、早く任務を果したがよいじゃないか」
それを見ていた青谷技師は笑いながら、署長たちを工場の方へ誘った。
工場はたいへん広く、器械は巨人の家の道具のように大きかった。強力なる圧搾器でもって空気を圧し、パイプとチェンバーの間を何遍も通していると、装置の一隅から、美しい空色の液体空気が、ほの白い蒸気をあげながら滾々《こんこん》と、魔法壜の中へ流れ落ちていた。
一方では、液体空気をボイラーに入れて、微熱を加えてゆくと、別々のパイプから、酸素ガスやネオンやアルゴンなどの高価なガスがドンドン出てきて、圧力計の針を動かしながら鉄製容器《ボンベ》の中へ入ってゆくのが見えた。
工場はあまりに広すぎた。署長の腰骨が他人のものとしか考えられなくなった頃、液体空気貯蔵室へ来た。
「君は幽霊じゃあるまいな」と早や道をしてその室に待っていた田熊社長が署長の顔を見ると皮肉を飛ばした。
「わしはもう夙《と》くの昔、君がこの工場の一隅で八人目の犠牲者になっとることと思って居ったわい」
丘署長はやりかえしたいのを、青谷技師の前だというので、懸命に我慢をした。
「さあ、液体空気を頒《わ》けてさし上げましょう」そういって青谷技師は、床の上から手頃の魔法壜を台の上に引張りあげた。
「それから序《ついで》に、御注意までに、液体空気の性質を実験してごらんに入れましょう」
青谷技師は、側の棚から、大きい二重|硝子《ガラス》の洋盃《コップ》を下ろした。それは一リットルぐらい入るように思われた。次に彼は、床の上から魔法壜をとりあげて、洋盃《コップ》の上に口を傾けた。ドクドクと白い靄《もや》が
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