きるのだった。僕は、この有名なる富《と》める友人のお蔭で、その邸《やしき》に出入しては、自分の財布に相談してはいつになっても得られないような御馳走にありついたり、遇《たま》には独り身の鬱血《うっけつ》を払うために、町はずれの安待合《やすまちあい》の格子《こうし》をくぐるに足るお小遣《こづかい》を彼からせしめたこともあった。彼が呉子《くれこ》さんを迎えてからは、そう大《おお》ぴらには、せびることもできなかったが、彼の代りに出版の代作《だいさく》をしたり、講演の筋を書いたりして、その都度《つど》、学校から貰う給料に匹敵するほどの金を貰っていた。呉子さんはこの辺の事情を、うすうす知ってはいたのであろうが、生れつきの善良なる心で、僕をいろいろと手厚く歓待《かんたい》してくれたのだった。
僕は、柿丘邸の門をくぐるときには、案内を乞《こ》わずに、黙って入りこむのが慣例になっていた。柿丘が呉子さんを迎えてからは、この不作法《ぶさほう》極《きわ》まる訪問様式を、厳格《げんかく》に改《あらた》めたいと思ったのではあるが、どうも習慣というのは恐ろしいもので、格子《こうし》にちょいと手がかかると、僕はいつの間にやらガラガラとやってしまって、気のついたときには、茶の間の座蒲団《ざぶとん》の上にチョコナンと胡坐《あぐら》をかいているという有様だった。しかし僕は、柿丘邸の玄関と茶の間と台所と彼の書斎と、僕が泊るときにはいつも寝床をとってもらうことになっている離座敷《はなれざしき》との外には、立ち入らぬ様にきめていた。しかし、たった一度、眼も醒《さ》めるような紅模様《べにもよう》のフカフカする寝室の並んだ夫妻のベッド・ルームを真昼《まっぴる》のことだから誰も居ないだろうと思って覗《のぞ》きに行き、しかも失敗したことはあるが、まアそのような話は、しない方がいいだろう。
さて、その夏の或る日のことだった。
僕は講習会で、つまらぬ講義をすませてから(その講習会に、例の牝豚夫人が参加していたことは云うまでもない)、その夜のうちに、一寸読んで置きたい本があったので、その本が柿丘の書棚《しょだな》にあることを兼《か》ねて眼をつけておいたものだから、今日は行って借りてこようと思い、麻布本村町《あざぶほんむらちょう》にある彼《か》の柿丘邸に足を向けたのだった。
玄関をガラリと開けると、僕はいつも履物《はきもの》を見る習慣があった。並んでいる履物の種類によって、在宅中の顔触《かおぶ》れも知れ、その上に履物の主の機嫌がよいか、それとも険悪《けんあく》かぐらいの判断がつくのであった。その日の玄関には、一足の履物も並んで居なかった。では、おん大《たい》始め夫人まで、まだ海辺《かいへん》から帰っていないのだなと思ったことだった。
それなら、ソッと上りこんで、茶の間で昼寝をしているかも知れない留守女中のお芳《よし》を吃驚《びっくり》させてやろうと思って、跫音《あしおと》を盗ませて入っていったのだった。ところが茶の間にはお芳の姿が見えなかったばかりか、勝手元までがピッシャリ締めてあり、座蒲団の位置もキチンと整頓していて、シャーロック・ホームズならずとも、お芳は相当|長時間《ちょうじかん》の予定で外出したらしいことがわかった。だが、それにしては、何という不用心《ぶようじん》なことだ。現に僕という泥棒がマンマと忍びいったではないか。
だが、このときだった。ボソボソいう声がどこからともなく聴えたように思った。耳のせいかしらと、疑いながら、じッと耳を澄ませていると、いやそれは空耳《そらみみ》ではなかった。たしかに人声がするのだ。しかもそれは此の家の中から洩れ出でる話声だった。
柿丘夫妻はもう帰っていたのだったか。僕は立ちあがるとその声のする方へ、二三歩踏みだしたのだったが、およそ人間が、こういう機会にぶつかることがあったなら、十人が十人(悪いこととは知りながら)と言訳《いいわ》けを吾れと吾が心に試みながら、そっと他人の秘密を盗みぎきするものなのである。僕の場合に於ても、たちまち全身を好奇心にほて[#「ほて」に傍点]らせながら、小さい冒険の第一行動をおこしたことだった。ああ、しかしそれは何という大きい衝動を僕にあたえたことだったろう。話し声の一人は柿丘秋郎にちがいなかったけれど、もう一人の話し相手は呉子さんではなく、なんとそれは白石博士夫人雪子女史だったではないか。
勝手を知った僕は、逸早《いちはや》く身を飜《ひるがえ》して、書斎のカーテンの蔭にかくれることに成功した。そこからは隣りのベッド・ルームの対話が、耳を蔽《おお》いたいほど鮮《あざや》かに、きこえてくるのだった。
そこに聴くことのできた話の内容は、一向に二人の関係について予備知識をもたなかった僕を、驚愕《きょうがく》の淵《ふち》につきおとすに十分だった。読者は、次のくだり[#「くだり」に傍点]を読んで、僕の呆然《あぜん》たりし顔を想像していただきたい。
「貴女《あなた》はどうしても、僕の希望に応じて呉れないのですか」
「いやなことですわ、ひどい方」
「こんなに僕が、へいつくばってお願いをするのに、それに応《おう》じてはくださらないのですか」
「あたしは、どうあってもいやなんです」
「ほんの僅かな時間でよいのですから、この上に寝て下さい」
「いくらなんでも、貴下《あなた》の前に、そんなあられ[#「あられ」に傍点]もない恰好をするのは、いやですわ」
「お医者さまの前へ行ったのだと思って我慢して下さい」
「お医者さまと、貴下とでは、たいへん違いますわ」
「なんの恥かしいものですか、僕が――」
なにやら、せり合うような気配《けはい》。
「暴力に訴えなさるのですか(とキリリとした雪子夫人の声音《こわね》、だが語尾は次第に柔かにかわる)まア男らしくもない」
「でも今を置いては、機会は容易に来ないのですから」
「あたしは、貴下の御希望に添う気持は、一生ありません。貴下も神に仕《つか》える身でありながら、まだ生れないにしても、一つの生霊《せいれい》を自《みずか》ら手を下して暗闇《やみ》から暗闇《やみ》にやってしまうなんて、残酷な方! ああ、人殺し……」
「大きい声をしないで下さい。どうしてこれだけ僕が説明をするのに判ってくれないんです。貴女が僕の胤《たね》を宿《やど》したということが判ったなら、僕は一体どうなると思うのです。社会的地位も名声も、灰のように飛んでしまいます。そうなると貴女とだって、今までのように贅沢《ぜいたく》な逢《あ》う瀬《せ》を楽しむことが出来なくなるじゃありませんか。僕の病気が再発しても、最早《もはや》博士は救って下さいません。それを考えて、僕は愛していて下さるのだったら、僕の言うことを聞きいれて、この簡単な堕胎手術をうけて下さい」
「何度おっしゃっても無駄よ、あたしはもう決心しているのよ。あたしがお胎《なか》にもっている可愛いい坊やを、大事に育てるんです」
「ああ、それでは、博士を偽《いつわ》って、博士の子として育てようというのですか」
「まア、どうしてそんなことが……。右策《うさく》とあたしとの間に子供が無かったのは、右策自身が子胤《こだね》をもちあわさないからおこったことなんです。右策は、それを学者ですからよく知っているのです。だから、あたしが今、妊娠したとしたら、その場であたしの素行《そこう》を悟《さと》ってしまいます」
「だが、僕の子だかどうか判らないとも云える……」
「莫迦《ばか》なことをおっしゃいますな。生れてきた胎児《たいじ》の血液型を検査すれば、それが誰の胤《たね》であるか位は、何の苦もなく判ってよ、それに貴方《あなた》は右策《うさく》とは切っても切れない患者と主治医《しゅじい》じゃありませんこと。あなたの血液型なんかその喀痰《かくたん》からして、もう夙《とっ》くの昔に判っていることでしょうよ」
「ああ、それでは貴女はこれからどうしようというのです。この僕をどんな目に遭《あ》わせようとするのです」
「あたしは、貴方との間にできた坊やを、大事に育てたいんです。あたしは、もうすっかり決心しているのよ。右策《うさく》がこのことに気付いたときは、出て行けというなら出て行くし刑務所へ送りこんでやろうというなら送りこまれもする。しかしいつか、あたしは自由の身となって、坊やと二人で貴方があたしのところへ帰ってくるのを待つんです」
「ウン判った。さては生れる子供を証拠にして、僕の財産をすっかり捲きあげようというのだな。金ならやらぬこともない。だが、交換条件だ、その胎児を××しまって下さい」
「ほほほ、そううまくは行きませんことよ。お金よりも欲しいのは貴方です。この子供が生きている間は、貴方はあたしの懐《ふところ》から脱けだすことができないんですわ。あたしは、あなたの地位を傷《きずつ》けなくてすむもっとよい方法も知っていますのよ。だけど、どうあっても貴方を離しませんわ。貴方はあたしの思うままに、なっていなければならないんですわ。背《そむ》けば、貴方の地位も名声もたちまち地に墜《お》ちてしまいますよ。あたしがしようと思えば、ね。だがそれまでは、貴方は無事に生きてゆかれるのよ。貴方の生命は、一から十まで、みんなあたしの掌《て》の中《うち》に握られてしまってるのよ、今になってそれに気のついた貴方はどうかしてやしない……」
「……」
「アッ、貴方は短銃《ピストル》を握っているわね。あたしを殺そうというのでしょう。ええ判っているわ。でもお気の毒さまですわね。あたしを殺したら、その翌日と言わず、貴方は刑務所ゆきよ。貴方はあたしが殺されたときのことを準備していないようなぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]者だと思っているの? あたしが死ぬと同時に、一切が曝露《ばくろ》するという書類と証拠が、或る所に保管されているのを知らないのねえ」
「ああ、僕は大莫迦者《おおばかもの》だった」
鳴咽《おえつ》する柿丘の声と、淫《みだ》らがましい愛撫《あいぶ》の言葉をもって慰《なぐさ》めはじめた雪子夫人の艶語《えんご》とを其《そ》の儘《まま》、あとに残して、僕はその場をソッと滑るように逃げだすと、跣足《はだし》で往来へ飛びだしたのだった。
3
その後、柿丘秋郎と、白石博士夫人雪子とは、すくなくとも外見的には、大変平和そうに見えた。室内にレコードを掛けて、柿丘と雪子とが相抱いて踊りはじめると、赭顔《あからがお》の博士は、柿丘夫人呉子さんを援《たす》けておこして、鮮《あざや》かなステップを踏むのだった。
秋という声が、どこからともなく聞こえてくると、急に誰もが緊張した顔付をするのだった。柿丘秋郎は、かつての日の雪子夫人の恐迫《きょうはく》に震《ふる》えあがったのを忘れたかのように、事業や講演に熱中した。だが、その度毎《たびごと》に、雪子女史の姿が影のようにつきまとっていたのは、寧《むし》ろ悲惨であると云いたかった。
柿丘秋郎が、自邸の空地の一隅《いちぐう》に、妙な形の掘立小屋を建てはじめたのは、例の密会事件があってから、三十日あまり過ぎたのちのことだった。その堀立小屋は、窓がたいへん少くて、しかもそれが二メートルも上の方に監房《かんぼう》の空気ぬきよろしくの形に、申《もうし》わけばかりに明《あ》いていた。小屋が大体、形をととのえると、こんどは電燈会社の工夫が入ってきて、大きい電柱を立てて、太い電線をひっぱったり、いかめしい碍子《がいし》を※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]《ね》じこんだりしたすえに、真黒で四角の変圧器まで取付けていった。それがすむと、厚ぼったいフェルトや石綿《いしわた》や、コルクの板が搬《はこ》び入れられ、それはこの小屋の内部の壁といわず、天井といわず、床といわず、入口の扉《ドア》といわず、六つの平面をすっかり三重張りにしてしまった。室内へ入ると、まるで紡績工場の倉庫の中に入ったような、妙に黴《かび》くさい咽《むせ》るような臭気がするのだった。だがその割合に呼吸ぐるしくないのは、
前へ
次へ
全5ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング