お膳立てでした。
 それに貴方は、一つの重要な失策をしている。貴方は、細心《さいしん》の注意を払ったにも係《かかわ》らず、柿丘氏の日記帳を処分することを忘れていた。或いは、貴方はこの日記帳を読んだことはあるのだが、柿丘氏が、あのことについては、ほんのちょっぴりも日記帳に記述をさけているのを見て、すっかり安心されたのかも知れませんね。
 だが、この私は、重大な一行を見遁《みのが》しはしなかった。それは、柿丘氏が今年の秋の始めに、日×生命の保険医の宅で、正面からと側面からとの、二枚のレントゲン写真を撮ったという記事だったのです。
 レントゲン写真は、正面又は背面から撮影するものであって、けっして側面からうつすようなものじゃない。そこを私は、不審に思ったのです。それから私は、日×生命の保険医を訪ねて、いろいろと絞った揚句《あげく》、貴方があの保険会社の外交員と、保険医とをうまく買収して、あの奇抜なレントゲン写真をとらせ、その種板を持ってゆかれたことを知りましてねえ、町田狂太さん、貴方は、正面と横とから、柿丘氏の右胸部にある大きい空洞《くうどう》の体積を、精《くわ》しく計算なすったのでしたね。その結果、なんと皮肉なことにも、柿丘氏の結核空洞は、白石博士夫人の子宮腔《しきゅうこう》の大きさと、ほぼ等しい大きさをなして居ることを発見したのです。
 一石にして二鳥、なんにも知らぬ柿丘氏の手を借りて、その人を自滅させると同時に、その美しい呉子夫人を己《おの》が手に収めようとした貴方だったのです。敏感《びんかん》なる夫人は、健気《けなげ》にも、みずから進んで貴方の懐中《ふところ》に飛びこみ、或る程度の確信を得られると、早速《さっそく》私に真相を探求してもらいたいという御依頼があったのです。
 さて、貴方の買収された保険外交員と保険医とは、私と一緒について、この垣の向うに控《ひか》えて居ります。もし久濶《きゅうかつ》を叙《じょ》したいお思召《ぼしめ》しがあるなら、早速《さっそく》御《お》ひき合《あ》わせしようと思いますが、如何でしょうか。
 その間に私は家宅捜査をさせて頂いて、振動魔《しんどうま》の貴方が、計算せられた紙ぎれや、また柿丘氏には不合格になったと思わせた生命保険に、貴方が莫大《ばくだい》な保険金を契約して、柿丘氏を殺したあとで巨額の死亡支払金を詐取《さしゅ》したその証拠書類
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