ひ》来《きた》る夜《よ》を紅閨《こうけい》に擁《よう》することの許された吾が友人柿丘秋郎こそは、世の中で一番不足のない果報者中《かほうものちゅう》の果報者だと云わなければならないのだった。若《も》し僕が、仮りに柿丘秋郎の地位を与えられていたとしたら――おお、そう妄想《もうそう》したばっかりでも、なんという甘い刺戟《しげき》に誘われることか――僕は呉子さんのために、エジプト風の宮殿を建て、珠玉《しゅぎょく》を鏤《ちりば》めた翡翠色《ひすいいろ》の王座に招《しょう》じ、若し男性用の貞操帯というものがあったなら、僕は自らそれを締めてその鍵を、呉子女王の胸に懸け、常は淡紅色《たんこうしょく》の垂幕《たれまく》を距《へだ》てて遙かに三拝九拝し、奴隷の如くに仕えることも決して厭《いと》わないであろう。しかしながら友人柿丘秋郎の場合にあっては、なんというその身識らずの貪慾者《どんよくもの》であろう。彼は、もう一人の牝豚夫人《めぶたふじん》という痴《ねたま》れものと、切るに切られぬ醜関係を生じてしまったのだった。
その牝豚夫人は、白石雪子《しらいしゆきこ》と云って、柿丘よりも二つ歳上の三十七歳だった。だが、その外貌に、それと肯く分別臭《ふんべつくさ》さはあっても、凡《およ》そ彼女の肉体の上には、どこにもそのように多い数字に相応《ふさ》わしいところが見当らなかったのだった。とりわけ、頸筋《くびすじ》から胸へかけての曲線は、世にもあでやかなスロープをなし、その二の腕といわず下肢《かし》といわず、牛乳をたっぷり含ませたかのように色は白くムチムチと肥え、もし一本の指でその辺を軽く押したとすると、最初は軟い餅でも突いたかのようにグッと凹《くぼ》みができるが、軈《やが》てその指尖《ゆびさき》の下の方から揉《も》みほぐすような挑《いど》んでくるような、なんとも云えない怪しい弾力が働きかけてくるのだった。それにまだ一度も子供を産んだことのない牝豚夫人は、この数年来生理的な関係か、きめの細かい皮膚の下に更に蒼白い脂肪層の何ミリかを増したようだった。夫人が急に顔を近付けると、彼女のふくよかな乳房と真赤な襦袢《じゅばん》との狭い隙間から、ムッと咽《むせ》ぶような官能的な香気が、たち昇ってくるのだった。
柿丘秋郎が、こんな妖花《ようか》に係《かかわ》るようになったのは、彼の不運ともいうべきだろう。柿丘
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