係の実相調査こそ、本事件を解くの正道だと考えた袋探偵は、隠しておいた無音オートバイにひらりと跨《またが》ると、さっきのクーペの後をめがけて大追跡に移ったのであった。
すばらしく鼻のきく袋猫々のことであるから、辻々に到れば、すなわち鼻をひくひくさせて、今福嬢の残香《のこりか》漂い来る方向を、嗅ぎあて、その方向へ驀《ひたす》らにすっとばしたのであった。そして約十五分間後、彼はロザリ倶楽部の玄関に着いた。
つづいて彼は倶楽部内に紛《まぎ》れこんだが、そこで彼は十分なる資料をつかんだ、今福嬢にぴたりとくっついて、一分間といえども離れないかの豪華版紳士がいよいよ以て烏啼天駆の変装なること、この二つが確認された。
そこで探偵は、倶楽部を出て、公衆電話函の中に入った。呼び出した相手は、余人ならず入院中の安東仁雄だった。
「あなたですな。お約束したものですから、その後の判明事項をご報告しますが、おどろいちゃいけません、心臓に悪いですからなあ」
「それはどうもすみません。何ですか、そのおどろいちゃいけないというのは……」
安東の声は落着きはらっていた。探偵は、今に先生びっくりするぞ。ひょっとすると途端にひきつけるかもしれないが、幸い彼の居るところは病室だから、応急手当には事欠かないだろうと安心して、いよいよ報告にとりかかった。
報告を受ける、安東は叩きつけるような声で怒鳴った。
「ああ、分りました。その野郎なら知っていますよ。どうもいやな野郎だと思っていたが、僕が入院しているのを奇貨[#「奇貨」は底本では「奇果」]として、あの娘をくどいているんですか。けしからん奴だ、あの野郎――月尾寒三というんですよ、そののっぽ野郎は……」
「ほう、月尾寒三ですか」
袋探偵はうっかりしていて、烏啼のラブ・ネームを調べることを忘れていた。そうだった。ぼくは烏啼天駆です、愛しきお嬢さん――では恋を得ることは困難であろう。
「駄目ねえ、探偵さんが僕の恋敵の名前を知らないなんて。が、それはまあ大したことじゃない。僕にとって我慢ならぬのは、その月尾寒三の野郎です。よろしい、僕は決心しました。これから倶楽部へ行って、月尾寒三をのしあげて、今福嬢を奪還します。ではいずれ後で……」
「えっ、それは待った。もしもし。もしもし……」
探偵は送話口に噛みつくように叫んだが、安東の返事は遂になかった。
一点奪還
桃色の風雲は突如としてロザリ倶楽部に捲きおこり、そして次にはそれが新聞やグラフィックに取上げられて、でかでかに報道された。曰く“心臓盗難男の恋の鞘当《さやあ》て”曰く“奇賊烏啼も登場の今様四角恋愛合戦”また曰く“無心臓男の恋の栄冠”と。
このように敏感なる報道陣も、賊烏啼と恋の選手月尾寒三とが同一人物たることには思い到らず、それ故に四角の恋愛合戦と伝えているところは、袋探偵には笑止《しょうし》だった。
このことあって四五日のうちに、かれ安東仁雄は、烏啼のため心臓を盗まれ而《しか》もなお生きている男として一躍社会の人気者となり、そして彼はかねての放言どおり月尾寒三を見事に押切って今福嬢の愛を得てしまったので、その人気は更に高まった。その後に期待さるるものは、両人の結婚の日取がいつに決定するかということだった。
このようなスピーデーな意外な現実に、袋探偵は徹頭徹尾大面くらいの形であったが、心臓を抜かれた安東仁雄が、心臓を抜かれたことによって一躍有名となりそして待望の恋まで得てしまった今日、安東は十分満足し切っているであろうから、従って彼の安東に対するサービスはもうしなくなったものと信じた。それで彼は安東の渦巻から遠のいていた。
ところがある日彼は、ある所でばったりと安東仁雄に行き会った。めずらしく彼は西枝を連れていなかった。その代りに新聞記者が十四五人とりまいていた。
「安東君、おめでとう。顔色はますますいいようだね」と、袋探偵が声をかけた。
「ああ、会いたかった、猫々先生」叫んで安東は袋探偵に抱きついた。代用心臓の箱が失礼ともいわずに袋探偵の肋骨《ろっこつ》をいやというほど突いた。「僕ほど不幸なものはない。どうにかして下さいよ、猫々先生」
袋猫々にとって安東のいっていることがよく分らなかった。が、それから暫くたって、彼は安東の泣きついている次第を了解した。恋も得たし、ジャーナリズムにネタを提供して金持にもなったが、元の本物の心臓につけ替えてもらわねば不幸かぎりなしとの訴えだった。
「……なにしろ、これじゃあ風呂にも入れませんし――代用心臓は電気で動いている器械ですからねえ。それに西枝と結婚すれば、たいへん困ることが出来るんです。どうか先生烏啼にそういって、僕の心臓を返して貰って下さい」
「困ったねえ」
と、袋探偵はいつになく困って返事を
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