なかなか元気に見えたのだった。
どこかに喰い違いがある。それとも証人たちが揃って嘘をついているのかもしれない。しかし揃って嘘をつくということはむずかしいことである。探偵は、また首をかしげながら、第二のコースへ廻った。
そこは、心臓を盗まれた安東仁雄の秘めたる恋の相手である今福西枝嬢の邸宅附近であった。
近所で聞合わせてみると、この今福嬢なるものが、また非常に気の弱いお嬢さんだそうであって、この波風荒き世にかりそめにも生き伸びて居らるるのがふしぎなくらいだそうであった。
丁度そのとき一台のスマートなクーペ自動車が、今福邸の門前についた。降り立ったのは体躯人にすぐれたる男、すこし長すぎるが、魅力のある浅黒い艶のある顔、剃刀《かみそり》をあてたばかりの頬が青く光っている。ポマードを惜気もなく使った長髪、薄紫の硝子《ガラス》のはまった縁なしの眼鏡、ぴんとはねたる細身の鼻下の髭。それが赤と白との縞ネクタイを締め、スポーツ型の薄いグリーンの格子織のオーバーを着込んで、ゆったりと門の中へ入って行く姿は、女ではなくとも見惚れるほどのすばらしい美男の紳士だった。
「あの殿御《とのご》ですよ。初めて今福さんのお嬢さんと大ぴらの交際をなさるようになったのは……」
煙草屋の内儀《かみ》さんが袋探偵に囁《ささや》いた。
探偵は呻《うな》った。
しばらくすると門の中から、さっきの紳士が、栗鼠の毛皮のオーバーにくるまった細面《ほそおもて》の麗人《れいじん》を伴って出て来た。
「ほらお嬢さまのお出ましですよ。あの殿御は今日で六日間お迎えにいらっしゃいますのよ。なんてご親切な殿御でしょう」
内儀さんは溜息をつき、探偵は二度目の呻り声をあげた。
クーペは薄紫のガソリン排気を後にのこし、車上の男女は視界から去った。
探偵はようやく吾に戻って、周章《あわ》てだした。
「あんな若作りの変装をしてやがるが、あの殿御なる野郎は、誰が何といおうと、正《まさ》しく賊烏啼めに違いない。これで三角形の三つの頂点ABCが見つかったぞ。よし、それならこっちにもやり方がある」
さきに告白を受けた安東仁雄と今福西枝の関係、それから今の今福西枝と烏啼天駆の関係が明白となった以上、もう一つの烏啼天駆対安東仁雄の関係が当然想到されるのだ。そしてこの第三関係の深刻の程度は、他の二つの関係によって決まる。この三角関
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