》りつけたことだった。
間もなく夜となった。
そのうちに、船首でえらい騒ぎが起った。舳《へさき》で切り分ける波浪《はろう》が、たいへん高くのぼって、甲板《かんぱん》の船具を海へ持っていって仕様がないというのであった。そのうちに水夫が三名、船員が一名、その高い浪にさらわれて行方不明となった。
舳で切り分ける波浪があまり高くて、そのために船員や船具がさらわれたと報告しても、知らないものは信用しなかった。
「なにしろ波浪が、檣《ほばしら》の上まで高くあがるんだぜ」
「冗談いうない。どんな嵐のときだって、舳から甲板の上へざーっと上ってくるくらいだ。檣の上まで波浪が上るなどと、そんな馬鹿気たことがあってたまるかい」
「いや、その馬鹿気たことが現《げん》に起っているんだから、全く馬鹿気た話さ」
そんな騒ぎのうちに、船橋《ブリッジ》でも秘《ひそ》かなる大騒ぎが起っていた。
「どうも不思議だ。機関部は十五ノットの速力を出しているというが、実測《じっそく》するとこの汽船は四十五ノットも出ているんだ」
「そうだ。たしかにそれくらいは出ているかもしれない。機関部の計器が狂っているのじゃないか」
「どうもあまり不思議だから、今機関部に命じてノットを零《ゼロ》に下げさせているんだがね」
そのうちに機関部からは、機関の運転を中止したと報告があった。
「なに、機関の運転を中止したって、冗談じゃない。今現に実測《じっそく》によると本船は四十ノットの快速力で走っているじゃないか」
「惰力《だりょく》で走っているのじゃないですか」
「そうかしらん」
といっているうちに、実測速力計の針は、またまたぐいっと右へ跳《は》ねて、速力四十八ノットと殖《ふ》えて来た。
「いやだね。エンジンが停って、速力が殖えるなんて、どうしたことだ。おれはもう運転士の免状を引き破ることに決めた」
「いや、俺は気が変になったらしい」
「わしは、もう船長を辞職だ」
わいわいいっているうちに、とつぜん大きな音響と共に、船体はひどい衝動をうけ、ぐらぐらと大揺れに揺れたかと思うと、今度はぱったり動かなくなった。
さあたいへん。頭が変だと思っていた船員たちは、周章《あわ》てて跳ね起きると甲板へとびだした。
すると、何というべら棒な話であろう。汽船の前には、美しい花壇《かだん》があった。又汽船の後には道路があって、自動車がひ
前へ
次へ
全13ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング