わ》しいのに、だらだらとくそにもならん話をしてわしを引きつけて置いて……ほう、早く行かにゃ、大先生と約束の時間に、○○へ入市できないぞ」
博士は腕に嵌《は》めた大きな時計を見、例の大きな三つのトランクを軽々と担ぐと、大急ぎで飛行場を出ていった。
後を見送ったサービス係は、長大息《ちょうたいそく》と共に小首《こくび》をかしげ、
「でも力のある老人じゃなあ。あの大きいトランクを、軽々と担いでいくとは……」
金博士の姿は、こんどは埠頭《ふとう》に現れた。幸《さいわ》いに八千|噸《トン》ばかりの濠洲汽船が今出帆しようとしていたところなので、博士はこれ幸いと、船員をつき突ばして、無理やりに乗船して、サロンの中へ陣取った。
「もしもし、どなたかしりませんが、もう船室がありませんので」
事務長がこわい顔をして博士のところへやって来た。
「船室? 船室はあるじゃないか。このとおり広い部屋があいているじゃないか」
「これはサロンでございまして、船室ではありません。御覧の通り、おやすみになるといたしましても、ベッドもありませんような次第です」
「いや、このソファの上に寝るから、心配しなさんな」
「それは困ります。では何とか船室を整理いたしまして、ベッドのある部屋を一つ作るでございましょう」
「何とでも勝手にしたまえ。わしは汽船に乗ったという名目《めいもく》さえつけばええのじゃ」
「え、名目と申しますと……」
「それは、こっちの話だ。ときにこの汽船は何時に○○港へ入る予定になっとるかね」
「はい、○○港入港は明後日《みょうごにち》の夕刻《ゆうこく》でございます」
「何じゃ明後日の夕刻? ずいぶん遅いじゃないか。わしは、そんなに待っとられん」
「待っとられないと仰有《おっしゃ》っても、今更予定の時間をどうすることも出来ません」
「ああもうよろしい。わしは明朝《みょうちょう》には○○港着と決めたから、もう何もいわんでよろしい」
「はあ、さいですか」
金博士のことを、船内では気が変でないと思わない者は、ひとりもなかった。
3
金博士のために、第二二二号の船室が明《あ》けられた。
「これは至極《しごく》覚えやすい船室番号じゃわい」
博士は、又ぞろ三つのトランクをひっさげてその部屋に移った。ボーイが、そのトランクを持とうとしたら、博士は奇声《きせい》を発して叱《しか
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