の場合が……」
「それは明日でもいいです。ゆっくりお考えなさい。今夜はもうやすんで頂きましょう。今、寝室を用意して来ますから」
「あ、わたくしの泊ることをお許し下さるんですね」
「ええ。その代り私はこの部屋で少し窮屈な寝方をしなければなりません」
「お気の毒ですわ」
「そして明日は田川君のアパートと、田鶴子の身辺を探って、田川君の所在をつきとめることにしましょう」

     2

 中に一日置いて、三月二十九日の朝のことだった。帆村荘六と春部カズ子の二人連が、栃木県某駅に降りて、今しも駅前から発車しようとしているバスに乗り移った。
 このあたりは静かな山里で、あまり高くない山がいくつも重なりつつ、全体が南東へゆるやかな傾斜をなしており、そしてその反対の背後遙かには、奥日光の山々が、まだ雪を頂いて眩《まぶ》しく銀色に光っていた。
 バスは、道中やたらに停っては人を降ろし、曲りくねった坂道を、案外遅くないスピードで登っていった。赤松の林が、あちらにもこちらにもあって美しく、その間から池の面が見えたりした。
 二人がこんな山里までやって来た訳は、昨日いろいろと手を尽した探査の結論に基づいて
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