中に沈思していたが、やがて元気を加えて語り出した。
「むかし古神君は、迷路の研究に耽《ふけ》っていましたよ。彼は主に洋書を猟《あさ》って、世界各国の迷路の平面図を集めていましたが、その数が百に達したといって悦んで私たちにも見せました。……この千早館の中に迷路があるのは、だからふしぎではない。が、早く知りたいのは、彼がどんな迷路を設計したかということです。さあ、先へ進んでみましょう」
「ええ」
「あ、ちょっと待って下さい。迷路を行くには定跡がある。これはあなたにお願いしたい。春部さん。あなたの左手は自由になるでしょう。その左手で、このチョークを持って、これから通る左側の壁の上に線をつけていって下さい。必ず守らなければならないことは、チョークを絶対に壁から離さないことです。いいですか」
 そういって帆村は、ポケットの奥から取出したチョークを手渡した。それは緑色の夜光チョークというやつであった。
「なぜそんなことをしなければならないんですか」
「迷路に迷わないためです。その用意をしなかったばかりに、迷路に迷い込んで餓死した者が少くないのです」
「まあ、餓死をするなんて……」
「気が変になるの
前へ 次へ
全53ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング