に妙な感じのする建物だった。……二人の足は竦《すく》み、そして二人はしばらくはものもいわず、その煉瓦館に見入っていた。それは間違いなく、千早館だった。
「出来るだけ近くまで行ってみましょう」
 帆村が、やっとそれだけをいって、春部をふりかえった。春部は肯いた。帆村は彼女の方へ自分の腕を提供した。二人は愛人同士のようにして、林の間を縫う坂道を下って行った。
「あんな気味のわるい建築物は始めて見ましたわ。悪趣味ですわねえ」
 春部の声は、すこし慄えを帯びていた。
「日本人の感覚を超越していますね」
「しかし人間の作ったものとしては、稀に見る力の籠り工合だ。超人の作った傑作――いや、それとも違う……魔人の習作だ。いや人間と悪魔の合作になる曲面体――それも獣欲曲面体……」
「えっ、何の曲面体?」
 このとき帆村は、はっと吾れにかえり、
「はっはっはっ。いや、ちょっと今、気が変になっていたようですよ、突然あんなものを見たからでしょう」
 帆村のさしあげた洋杖《ステッキ》の先に、雑木林の上に延び上っているような千早館のストレート葺《ぶ》きの屋根があった。
「あれは古神子爵がひとりで設計なすったんで
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