だけ点火し、あとの千分の一秒は消えているのでしょう。そして千分の一秒点火したときだけ、ここを照らし、あの殺人回転刀――あのプロペラの兄弟のようなのがそれです――殺人回転刀を照らすのです。そのとき回転刀は、いつもあの位置にいるのです。つまり回転刀があの通り壁の中に入ったときに、水銀灯はちかっと光るのです。そうなると回転刀はあそこに静止しているように見えます。元来人間の眼は、残像時間が相当永いので、一秒間に二十四回以上断続する光は、それが断続するとは見えず、点《つ》け放しになっているように感ずるのです。だから、あのように一秒間に千回も断続する光があっても断続するとは感じないんです。春部さん。あの殺人回転刀の刃は、われわれの目には見えないが、そこに見える小路一杯に廻っているのですよ。だから今あなたがごらんになったように、洋杖の先がこのとおりすっぽりと切られたんです。このとおり切口は鮮かです。これじゃ軟い人間の首なんぞ一遍にちょん切れてしまいますよ」
 そういって帆村が見せた洋杖の先の切口は、磨いたように綺麗に斜めに切断されていた。春部の顔は真青になった。あのとき帆村がすぐ手を伸ばして自分を引停めてくれなければ、自分の前の小路の床を唐紅に染めていたことであろう。
「さあ、私についていらっしゃい」
「え、あなたは奥へいらっしゃるの。生命をお捨てになるんですか」
「なあに、この下を潜れば危険はないのです。千早ふるの歌に、水くぐれ[#「水くぐれ」に傍点]と示唆しているじゃありませんか。つまり腰を低くしてそこを通れば、水槽の間を抜けることになるから、それで安全だというわけです。さっき私はまだそのことに気がついていなかったんです」
 帆村のする通りにして、春部も恐ろしき回転刀の下を無事に向こうへ通り抜けることが出来た。からくれないの壁にぶつかり、左を見ると、「戸ろ」に並んで、果して「戸は」と記した扉があった。
 躊躇なく、帆村は「戸は」の前に立った。扉の引手に手をかけて引いた。扉は苦もなくがらがらと開いた。すると犬くぐりほどの穴があって、その穴を通して中に広い部屋が見える。
「この中ね」
「いや、これも気に入らない、この部屋の照明も、さっきと同じ水銀灯だ」
 なるほど例の気味の悪い白っぽい光だ。
 帆村は洋杖を取直して、そっと犬くぐりの穴から中へさし入れた。
 ぴしりッ。再び手応えあ
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