ついていて、ここ何年かそれらの扉が開かれたことがないのを語っていた。その先を建物についてなおも廻っていると、元の玄関の前へ出た。これで一巡したのである。三四丁もある遠道をしたような気がした。雑草が足をしばしば奪ったせいでそう感じたのかもしれないが……。
「どの戸口も開かれた様子がない。ふしぎだなあ」
 と帆村は、春部を振返った。
「でも、これまでにこの千早館を訪れた人は、中へ入ったんでしょう。それならば、どこかに入れる口がある筈ですわねえ」
 春部は、中に入らずには引返さない決意と見える。
「その理屈は尤もです。ではその実際的な入口を探しましょう。窓からでも入るのかな」
 二人は窓を見上げながら、もう一度千早館の周囲を廻ってみた。
 ところが、奇妙なことに、この建物には窓というものが極めて少かった。この大きな建物に、たった六つの窓しかついていなかった。しかもその窓は、背の届くようなところにはなく、地上から四五十尺もある高いところにぽつんぽつんとついていて、それも縦に長い引込んだ窓であって、明かりを取る窓というよりも建物の飾りについている釦《ボタン》のように見えた。
 そしてその窓という窓が、いずれも外から鎧戸でもってぴったりと閉っていて、空気はもちろん明かりも、中へは入るまいと思われた。従って、その窓を通じて、この建物の中に入ることは、まず不可能だと思われた。
「どこにも、忍びこむのに都合のよい窓がありませんね」
 館の裏手の雑草の中に立って、帆村はがっかりした声を出した。
「でも、どこかに入口がある筈ですわ」
 春部は、先と同じことをいった。
 それから二人は、黙《もく》したまま、その場に突立っていた。そのうえいうべき別の言葉を互いに持合わさなかったからである。
 が、二人が黙してから間もなく、帆村は愕きの表情になって、突然口を切った。
「あ、気のせいだろうか。地鳴《じな》りがしたようだが……。春部さん、あなたは今、地鳴りを聞きませんでしたか、地鳴りでなければ、エンジンの唸《うな》りを……」
「なんだか聞えましたね。でも、わたくしは奏楽《そうがく》だと思いました」
 カズ子は眉をあげて帆村の顔を見上げた。
「奏楽ですって……。はてな、もうなにも音がしないようだ。ふしぎだな」
「わたくしにも、もう聞えません」
「さっきは確かに音がしたんだ。どういうわけだろうか」
 
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