ちをいたしました。というのは兄の死後、多数の人達がワッと押しかけて来たため、参考になるようなことが全く判らないのです。警部は、犯罪捜査に当る者の直感から、またつい先頃の笛吹川画伯の頓死事件と本件とを照し合わせた結果、兄の死は充分、他殺であると疑っていいと思っている様子でありました。室の中を、あちこちと探しまわっていた警部の顔は、だんだんと曇って来ました。とうとう彼は室の真中に棒立ちとなって呻《うめ》くようにこんなことを呟《つぶや》いたのでありました。
「この室に残された記録から、犯人を探し出すことは絶望である。コップの上に印された指紋をとろうと思えば、まるで団扇を重ねたように沢山の人々の指紋だらけで識別もなにも出来たもんじゃない。この泥足の跡も結構だが、これでは銀座街頭で足跡を研究する方がまだ容易かも知れない。犯行時間に確実なる現場不在証明《アリバイ》をなし得る人間は九十名近い人達の中で二十名とあるまい」
「この証拠湮滅《しょうこいんめつ》は、あまりに立派すぎる。偶然にしてあまりに不幸な出来事だし、若し故意《こい》だとするとその犯人は鬼神のような奴だと言わなければならない。他殺の証拠を
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