ついで側らの倉庫の中に姿を消してしまう。五分間ほど経つと、再び倉庫の扉が細っそりと開き、さっきの青年と、一人の怪漢とが、こんどは仲がよさそうに出て来た。倉庫の角のところまで来ると青年は、
「御苦労だった。これは少いがお礼にとって置け」
「どうも親分すみませんな」
「あの若僧の死骸は浮き上るようなことアあるまいな」
「永年の荒療治稼業、そんなドジを踏むようなわっしじゃございやせん」
 青年はいまし方出て来た汽船の方へかえって行った。――と考えてはどんなものでしょうか。やあ、貴方は大変お顔の色がわるい、お風邪をめしたのじゃありませんか。此所に幸い熱さましのカプセルと、ホット・レモンもありますよ、こいつをグイッと、どうです。いい気持になりますよ。

 私はもう元気に床を離れている。あれからこっち「赤耀館事件の真相」について再び考えをめぐらすことがいやになった。しかし兎もすれば、私はあの話の方へいつの間にか引き戻され勝ちである。
 きけばこの頃、赤耀館の主人公は、精神異常だと言いふらされているそうだ。私は彼の物語った事件の真相なるものが、全然虚構であるとは思っていないが、勿論あの全部を信用しているものではない。私の睨んだところでは、あの赤耀館の主人公は松木亮二郎その人であって、決して笛吹川画伯の化けたのではないと思っている。さもそうらしいようなことを言ったのは、彼の一家の特質を享《う》けついでいる彼として、犯罪とか極悪人とかへのやけつくような憧憬から生れ出た妄想を、其の儘、事実らしく物語ったものであろう。従って「赤耀館事件の真相」もどこからどこまでが、本当にあったことかわからないのである。私の元気がもっと恢復したらば、もう一度あの話を考え直してみたいと思っている。



底本:「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」三一書房
   1990(平成2)年10月15日第1版第1刷発行
初出:「新青年」博文館
   1929(昭和4)年10月号
※「湿度・気温・気圧曲線」の図は、初出からスキャンし、つぶれのはなはだしい文字を入力し直しました。その際、「午后」を「午後」に、「粍」を「ミリメートル」に置き換えました。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2004年11月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.
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