ころを迎えましたが、窓から街道を見下していても、鯨ヶ丘を指して帰って来る嫂の姿は発見されなかったのです。やがて恐怖に充ちた夜が来ました。百合子はお手伝いさん達を駆りあつめて自分の室に共に寝をとらせましたが、どうしても寝つかれません。ちょろちょろと眠ると何だか真黒な魔物に乗りかかられた夢を見て呻《うな》されたり、その毎にべとべとになった寝衣を着換えたりいたしました。深夜の沈黙は死のように静かでありましたが、時々赤耀館のどこかの室で、トーントーンという鈍い物音がきこえ、其の度に胸がわくわくするのを覚えました。
 嫂の変死の報せが赤耀館に到着したのは、その次の日の早朝であったのです。百合子は呆然《ぼうぜん》としてしまって、どうしたものやら途方に暮れてしまいました。
 使いの警官の話では、嫂らしい人が、築地の某ホテルの一室に死んでいるから、早く見に来て呉れということでした。百合子は事情をうちあけた上、これではとても自分では処理がつかないから、元此の家に勤めていた勝見伍策を警察の手で呼びよせて呉れるように、彼が残して置いた郷里の所書を示して頼みました。そして警官の案内で、その築地の某ホテルへ、すすまぬ足を運んで行ったのです。
 築地の川べりに近く、真黄色な色にぬられた九階だての塔のような建物がありますが、それがそのホテルなのです。入って行きますと、見知り越しの尾形警部が、いまにも仆れそうな青い顔をして、百合子を迎えましたが、すぐ現場へ案内して呉れました。それはバスルーム付きの十六畳もあろうと思われる大きな贅《ぜい》を尽した部屋でした。室の一隅には、大型のベッドが二台並んでいます。その一方に死んでいるのが、紛《まご》う方《かた》なき嫂の綾子なのでした。
「一体どうしたのでございましょう?」百合子は縋《すが》りつかんばかりにして尾形警部に尋ねかけたのでした。
「さあ、どうしたものですか」と警部もすこし顔を和げてこれに答えました。「今度は一つ徹底的な捜査をしたいと思っています。幸《さいわい》に事件は私に委されましたし、現場もこの通りあまり荒されていませんので、きっと何か判ることと思います。その前に是非とも貴女にお伺いしたいことがあるのですが……」
 と百合子を別室に導き、嫂の近情や、家を出た前後の模様などを訊《たず》ねました。
 赤耀館は厳重な家宅捜査をうけ、ことに嫂の室は壁紙まで
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