いる古風な赤煉瓦の洋館である。私もはじめて赤耀館を車窓から仰いだのであるが、正直なはなし、余りいい感じがしなかった。あの事件の当時の新聞記事によると「赤耀館は、鯨の背にとびついた赤鬼の生首《なまくび》そのものだ」とか「秋の赤い夕陽が沈むころ、赤耀館の壁体は血を吸いこんだ壁蝨《だに》のように真中から膨《ふく》れて来る」とか言われている。秋十月の落日は、殊に赤《レッド》のスペクトルに富んでいるせいもあろうが、西に向いた赤耀館の半面を、赤煉瓦の色とは見うけ兼ねる赤さに染めあげていた。その毒々しい赤さは、唯、不思議な気味のわるい赤さというより外に説明のみちがないのである。
赤耀館の主人、松木亮二郎《まつきりょうじろう》は、思いの外、上品な、そして柔和な三十過ぎの青年紳士に見えた。しきりに、漆黒の髪が額に垂れ下るのを、細い手でかき上げるのが、なんとはなしに美しかった。私が夢から醒《さ》めきらぬような顔付をしているとて、にやにや笑ったが、愛想《あいそ》よく食後の葉巻煙草などをすすめて呉れた。高い天井には古風なシャンデリアが点いていたが窓外にはまだ黄昏《たそがれ》の微光が漾《ただよ》っているせいか、なんとなく弱々しい暗さを持った大広間だった。段々と気持も落付き、この上強いて気になることを神経質に数えあげるならば、主人公の顔貌《かおだち》が能面でもあるかのように上品すぎることと、その胆汁《たんじゅう》が滲《し》みだしたような黄色い皮膚と、そして三十女の婦人病を思わせるような眼隈《めのくま》の黝《くろ》ずみぐらいなものであった。しかし軈《やが》てそれさえすこしも気にならなくなった。というのは、主人公の語り出した所謂《いわゆる》「赤耀館事件の真相」なるものが私の想像以上に複雑とも奇々怪々ともいうべきものであって、飢え渇いていた私の猟奇《りょうき》趣味は、時の経つのも忘れてその物語を聞き貪《むさぼ》ったことである。
さて、赤耀館主人は語る――。
赤耀館の顛末《てんまつ》は、新聞記事で、既によくご存知のことと思います。いや、貴方はあの事件について、最も興味と疑惑とを持っていらっしゃることも、実はちゃんと前から知っていたのです。貴方は警視庁の調書まで読まれたそうですが、薩張《さっぱ》り満足せられていないように見受けたと、尾形警部が言っていましたよ。尾形警部と言えば、赤耀館事件の取調主
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