粗相《そそう》を演ずることになる。彼女は極度に狼狽《ろうばい》していたのだ。暗い廊下の向うを見ると、嬉しやそこには『便所』と書いた赤い灯《あかり》がついている。彼女は扉《ドア》を押して飛びこんだ。果してそこには奥深く便器が並んでいた。彼女は用を足した。しかし茲《ここ》に彼女は、とりかえしのつかない大失敗をしたのだった。
それは、この『便所』と書いた赤い灯《あかり》は、普通の視力をもった人間には、到底《とうてい》発見することの出来ない光だったのだ。つまり赤外線灯で『便所』という文字を照していたのだ。吾々のようなものならば、その前を無造作《むぞうさ》に通りすぎてしまう筈だった。赤外線の見える女の悲しさに、ダリア嬢はついそのような灯の下をくぐってしまったのだ。その場の光景は予《かね》て張番をさせて置いた監視員によって、すっかり見とどけられてしまった。とうとう異常な視力の持ち主は化の皮を剥がれてしまったのだ。流石《さすが》のダリア嬢もこうなっては策の施《ほどこ》しようもなく、とうとう一切を白状してしまった。『赤外線男』――いや『赤外線女』の事件は、ざっとこんな風だった」
底本:「海野十
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