って拳銃《ピストル》をとりあげようとはしなかった。若《も》しあの場合、彼女も射撃を始めたとしたら、必ずのっぴきならぬ証拠が出来る筈だった。それはあの色とりどりの円い標的の間に残る白い余白には、あの裏面から赤外線で照明している深山《みやま》の別個の標的があったのだ。彼女は赤外線も赤い色も判別する力はない。それは赤外線も、吾々が赤を識別できると同様、アリアリと眼に映《うつ》るからだ。しかし彼女は危険を感じて、吾々の眼には見えない赤外線標的を撃つことから脱《の》がれた。しかし射撃を拒《こば》んだということが、僕の予想を大いに力づけて呉れる効能《ききめ》はあった。
 さて、最後のトリック――それには鬼才《きさい》ダリア嬢も見事に引っ懸ってしまった。それはすこし下卑《げび》た話だ。けれども、あの便所の一件だ。例のフィルムの映写中に彼女は激しい尿意《にょうい》を催《もよお》したのだった。それは勿論、すこし前に食堂で彼女が飲んだオレンジ・エードに、一服盛ってあったというわけサ。映画が終るや否《いな》やダリア嬢は気が気でなく廊下へ飛び出した。もうこれ以上我慢をすると、女の身にとって顔から火の出るような
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