りあげると、静かに酌《つ》いでやった。
「それからあの殺人騒ぎだ。暗闇の中に、次から次へ起る恐ろしい殺人事件。疑いは一応もってみても、眼のわるいお嬢さんに、そんな芸当が出来ようとは誰も思っていなかった。一方『赤外線男』という『男』の観念がすっかり普及していてお嬢さんに眼をつけることが阻害《そがい》された。誰があの暗黒《あんこく》のなかで、選《よ》りに選《よ》って非常に正確を要する延髄《えんずい》の真中に鍼《はり》を刺しこむことが出来るだろうか。『赤外線男』という超人《ちょうじん》でなければ、到底《とうてい》想像し得られないことだった。ダリア嬢は、然《しか》りその超人的視力をもつ『赤外線女』だったんだ。これはあとで判ったことだけれど、彼女はあの銀鍼《ぎんばり》をシャープペンシルの軸《じく》の中に隠して持っていたのだった。
これに対して僕の探偵力は、全く貧弱《ひんじゃく》なものだった。どう考えていっても、『赤外線男』という超人を肯定するより外《ほか》に仕方がなくなるのだ。僕はそんな莫迦気《ばかげ》たことがと排斥《はいせき》していたのが、そもそも大間違いではなかったかと考え直し、それからも
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