ない……」
その言葉の終らないうちに、帆村は向うから飄々《ひょうひょう》とやってくる潮らしき人物の袂《たもと》を抑《おさ》えていた。
「潮君」
「呀《あ》ッ」
青年は帆村の手をヒラリと払って、とッとと逃げ出した。帆村はもう必死で、このコンパスの長い韋駄天《いだてん》を追駈《おいか》けた。そして横丁を曲ったところで追付いて、遂《つい》に組打ちが始まった。そのとき青年の懐中《ふところ》から、コロコロと平べったい丸缶《まるかん》のようなものが転げ出て、溝《みぞ》の方へ動いていった。
「ああ――それは……」
と青年の腕が伸びようとするところを、帆村は懸命に抑えて、うまく自分の手の内に収めた。そこへバラバラと警官と刑事とが駈けつけたので、帆村は間違われて二つ三つ蹴られ損《ぞん》をしただけで助かった。彼が手に入れたものは一巻のフィルムだった。それも十六ミリの小さいものだった。
ああ、フィルムといえば、身許不明の轢死《れきし》婦人のハンドバッグに、フィルムの焼《や》け屑《くず》があったではないか。
帆村は、深山理学士と情婦の桃枝との殺害場所を点検すると、大急ぎで日本堤署へ引かえした。その頃
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