が忍びこんでいて、グーッとやったんだろうというような話もあった。
 ギンザ、ダンスホールの夜更《よふ》け。ジャズに囃《はや》されて若き男と女とが踊り狂っている。そのときアブれて、壁際《かべぎわ》の椅子にしょんぼり腰をかけていた稍々《やや》年増《としま》のダンサーが、キャーッと悲鳴をあげると何ものかを払いのけるような恰好をし、駭《おどろ》いてダンスを止《や》めて駈けよる人々の腕も待たず、パッタリ床の上に仆《たお》れてしまった。ブランデーを与えて元気をつけさせ、さてどうしたのかと尋《たず》ねてみると、彼女が椅子にかけているとき、何者とも知れず急にギュッと身体を抱きすくめた者があったというのだ。目を瞠《みは》っているが、人影も見えない。それなのに、ヒシヒシと肉体の上に圧力がかかってくる。これは赤外線男に抱きつかれたんだと思うと急に恐ろしくなって、あとは無我夢中《むがむちゅう》だったという。――何が幸《さいわい》になるか判らないもので、「赤外線男」に抱きつかれたダンサーというので、いままでアブれ勝《が》ちだったのが急に流行《はやり》っ児《こ》になって、シートがぐんぐん上へ昇っていった。
 こう
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