から、二人は食堂へ行った。そこでオレンジ・エードを注文して、麦藁《むぎわら》の管《くだ》でチュウチュウ吸った。
「警視庁なんてところ、随分《ずいぶん》開けてんのネ」ダリアは、帆村をすっかり友達扱いにしていた。
「それはそうですよ。貴女《あなた》みたいな方をお招きすることもありますのでネ」
「だけど、このオレンジ・エード、なんだか石鹸くさいのネ。あたし、よすッ」
半分ばかり吸ったところで、ダリアは吸管《すいくだ》を置いた。
そんなことをしている裡《うち》に時間が経って、警官がわざわざ二人を探しに来た程だった。
階段を地下へ降りて、長い廊下をグルグル廻ってゆくと、大変天井の低い暗いところへ出た。例の赤外線男が出て来そうな気配《けはい》だったが、しかし仄暗《ほのぐら》いながら電灯がついているから停電でもしない限り先《ま》ず大丈夫だろう。
映画検閲用の試写室は、思いの外《ほか》、広かった。壁は一様にチョコレート色に塗ってあり、まるで講堂のような座席が並んでいた。正面には二メートル平方位のスクリーンがあった。
もう七八人の人が入っていた。雁金検事、中河判事、大江山捜査課長の顔も見えた。
そこへ別の入口から、警官に護られて、潮十吉《うしおじゅうきち》が手錠《てじょう》をガチャガチャ云わせながら入って来て、最前列《さいぜんれつ》に席をとった。そこは、帆村探偵と白丘ダリアとが並んである丁度《ちょうど》その横だった。
「もうこれで皆さん全部お揃いですか」
警官の映写技師が、一番後方から声をかけた。
「うん、揃ったぞ。もう始めて貰おうか」
帆村のうしろにいた捜査課長が声をかけた。
「じゃ始めます。あれを演《や》る前に、一つ調子をつけるために、実写《じっしゃ》ものを一巻写してみます。ウィーンの牢獄です」
スクリーンの上へ、サッと白い光が躍ると、室内の電灯がパッと消された。一座はハッと緊張した。まずスクリーンの明るさで、室の中は暗闇だというほどではないが、しかし椅子の下、後方の両脇などには、小暗《こぐら》い蔭があった。それにこうして平然と、画面に見入《みい》っていていいものかしら、赤外線男の出てくるには屈強《くっきょう》な地下室ではないか。
しかし一巻の映画は、極めて短いものであった。そしてまだ映画がうつっているのに、早くも電灯がパッと明るく室内を照らした。
「さあ、いよいよこの次だ」
「一体どんな映画なのだろう」
人々は胸のうちに、あれやこれやと想像をめぐらせた。
「私を外へ出して下さい」潮十吉は隣りに遊んでいる警官に訴えた。
「いや、ならん」
警官の声はあっけなかった。
さあ、いよいよ問題の映画が写し出されようとしている。潮十吉が、深山理学士のところから奪って来たフィルムはこれだ。そして身許《みもと》不明の轢死《れきし》婦人のハンドバッグの底に発見せられたのも、矢張《やは》り同じフィルムだった。この映画が写し出されたが最後、意外なことが起るのではないか。既に靴の跡によって嫌疑《けんぎ》の深い潮十吉であるが、この一巻の映画によって、彼の正体が暴露《ばくろ》するのではあるまいか。赤外線男は潮十吉か。或いは赤外線男の合棒《あいぼう》でもあるか。
カタリと音がして、スクリーンの上に、青白い光芒《こうぼう》が走った。こんどは十六ミリであるから、画面はスクリーンの真中《まんなか》に小さくうつった。
「ああ、これは……」
「ウム……」
画面の展開につれ、人々は苦しそうに呻《うな》った。誰かが、いやらしい咳払《せきばら》いをした。
いまスクリーンに写っている画面には二人の人物が出ている。
「ああ、こっちは、潮十吉だな」帆村は、あえぐように叫んだ。
「ああ、あれは伯母《おば》様ですわ。伯母様に違いないわ。だけど、ホホ……まッ……」
といったきり、白丘ダリアは口を噤《つぐ》んだ。
さて画面に、それから如何なる情景《じょうけい》が展開していったか、その内容についてはここに記《しる》すことが許されぬ。しかしそれは密閉されたる室のうちで演じられている怪しげなる戯《たわむ》れだった。斯《か》かる情景は人目のつかぬ真夜中に行うべきものだと思うのに、それがまことに明るい光の下に於て行われている。そのいぶかしさは、尚《なお》も仔細に画面を点検すれば、次第に明瞭《めいりょう》だった。それは赤外線で撮影した活動写真であったのだ。
恐らく場面は、真夜中であったろう。真暗な室の中に、この場のことは演ぜられたのに違いない。それにも係《かかわ》らず、この室にどこからか赤外線を当て、それを赤外線の活動写真に撮影したのだった。そして人物は子爵《ししゃく》夫人黒河内京子と青年潮十吉!
さてこの呪うべき撮影者は、一体誰であるか。
潮はこの映画の写っている間は
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