分にして、この装置で丹念《たんねん》に赤外線男を探しあてようというのです。深山さんに白丘さんと、お二人に来て貰って取付けました。実験は午後三時から開始するつもりで、貴方《あなた》にもお出で願うよう申上げて置きましたが、先刻《さっき》総監閣下が急に見たいと仰有《おっしゃ》るので到頭《とうとう》ご覧に入れちまったのです」
「そりゃ拙《まず》かったですネ」と帆村は腹立たしそうに云った。
「私ども始めはお止《と》めしたのです。しかし閣下は他出《そとで》される約束があって、その日の三時にはご覧《らん》になれないのです。それで強《し》いてというお話ですし、一方例の用意もありまして大丈夫だと思ったのです」
 例の用意というのは、深山理学士と白丘ダリア嬢には秘密で、この室内の一隅に小さい赤外線|発生灯《はっせいとう》を点じ、隠し穴を通じて隣室からこの室内を活動写真に撮《と》る。つまり肉眼で見えぬ光線を室内に送って置いて、室内の人々の動静《どうせい》を赤外線映画に収めてしまう。斯《こ》うすれば、その中で怪《あや》し気《げ》な行動をする者がフィルムの上に映《うつ》った筈だから、後で現像すればそれと判る――こんな仕掛けを予《あらかじ》め作って置いたのである。しかし総監閣下が犠牲《ぎせい》になられたのでは、何にもならない。本庁の連中の愚鈍《ぐどん》さに、帆村は呆《あき》れる外《ほか》なかった。
「で、閣下がお入りになってから、フィルムを廻したのですネ」
「そうです。うまく撮ったつもりです。――だが閣下は殺害されました。兇器《きょうき》は鍼で、同じように延髄を刺しつらぬいています」
「現像は……」
「今やっています。直《す》ぐこれからおいで願いたいのです」
「ええ、参ります」
 帆村は憂鬱《ゆううつ》な返辞《へんじ》をした。
 駆《か》けつけてみると、本庁は上を下への大騒ぎだった。殺《や》られる人に事欠《ことか》いて、総監閣下が苟《かりそ》めの機会から非業《ひごう》の死を遂《と》げたというのだから、これは大変なことである。
「どうです。フィルムの現像は出来ましたか」帆村は課長に会うと、真先《まっさき》に訊《き》いた。
「出来たのですが……」
「どうしたんです?」
「駄目でした。赤外線灯の前に、どういうものかドヤドヤと人が立って、肝心《かんじん》のところは真暗で、何にも写ってやしません」
 課長は、面目《めんぼく》なげに下俯《うつむ》いた。
「深山氏とダリア嬢は、調べましたか」
「今度こそはというのでよく調べました。身体検査も百二十パーセントにやりました。ダリア嬢も気の毒でしたが、婦人警官に渡して少しひどいところまで、残る隈《くま》なく調べ、繃帯《ほうたい》もすっかり取外《とりはず》させるし、眼鏡もとられて眼瞼《まぶた》もひっくりかえしてみるというところまでやったんですが、何の得《う》るところもありません」
「ダリア嬢の眼はどうです」
「ますますひどいようですよ。左眼《さがん》は永久に失明するかも知れません。右眼も充血がひどくなっているそうです」
「ダリア嬢は眼のわるい点でいいとして、深山氏の行動に不審はなかったんですか」
「ところが深山氏は閣下にいろいろと詳《くわ》しく説明していた最中《さいちゅう》なのです。深山氏が喋《しゃべ》っているのに、閣下はウーンといって仆《たお》れられたのです。深山氏を疑うとなれば、喋っていながら手を動かして鍼《はり》を突き立てるということになりますが、これは実行の出来ないことですよ」
「すると二人の嫌疑は晴れたのですか」
「まあ、そうなりますネ。二人もこれに懲《こ》りて、今後はどんなことがあっても、あの装置を働かす暗室《あんしつ》内へは行かないと云っていますよ」
「では犯人は一体誰なんです」
「赤外線男――でしょうナ」
「課長さんは、赤外線男だといって満足していられるんですか」
「今となっては満足しています。昨日までは稍《やや》信じなかったですが、今日という今日は、赤外線男の仕業《しわざ》と信じました。この上は、私どもの手で、あの装置を二十四時間ぶっ通しに運転して、赤外線男を発見せずには置きません」
「しかし、レンズは室内を睨《にら》ませたがいいですよ。あの室内に赤外線男がウロウロしているのではネ」
 帆村は、課長の勇猛心に顔負けがして、ちょっと皮肉《ひにく》を飛ばした。


     7


 その次の朝のことだった。
 帆村荘六は早く起き出ると、どうした気紛《きまぐ》れか、洋服箪笥からニッカーと鳥打帽子とを取り出して、ゴルフでもやりそうな扮装《ふんそう》になった。
 しかし別にクラブ・バッグを引張《ひっぱ》り出すわけでもなく、細い節竹《ふしだけ》のステッキを軽く手にもつと、外へ飛び出した。忌《いま》わしい第一、第二の犠牲
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