《みもと》もわからないし、地下に葬《ほうむ》った筈《はず》の死骸が紛失《ふんしつ》した不思議さを、今も尚《なお》覚《おぼ》えていて、あれも赤外線男の仕業だろうと云っているようだ。死骸を奪ったのが赤外線男だとすると、それは何のためだ。外国の小説には、火星人が地球の人間を捕虜《ほりょ》にし、その皮を剥《は》いで自分がスッポリ被り、人間らしく仮装して吾れ等の社会に紛《まぎ》れこんでくるのがある。しかしあの婦人の顔面《かお》は滅茶滅茶《めちゃめちゃ》だった筈だ。婦人に化けたとしても、あの顔をどうするのだ。顔をかくしている婦人なんて印度《インド》や土耳古《トルコ》なら知らぬこと、この日の本にありはしない。婦人の死骸の行方が判らない限りこの問題は解決がつかない。
 それから熊岡警官が轢死婦人のハンドバッグから探し出したフィルムの焼《や》け屑《くず》だ。あれは一体何だ。あれが判明すると、婦人の死因は勿論、身許まで解ることだろう。
 赤外線男に関係あるかどうかは二段として、この婦人の問題を解いて置くことは、あまり困難でもない。その上に、隅田梅子《すみだうめこ》という婦人と轢死婦人とが同じ衣類所持品をもっていたという暗合、それから黒河内子爵《くろこうちししゃく》夫人が、行方不明で、今も尚《なお》生死が知れぬが、あの少し前に、乱歩《らんぽ》氏の「陰獣《いんじゅう》」のことを言い出したという事――よし、明日から、この方面を徹底的に調べてみよう。
 帆村は、こう考えると、静かに椅子から立ち上って卓子《テーブル》の灰皿へ長くなった白い葉巻の灰をポトンと落した。
 そのとき卓上電話がジリジリと鳴った。帆村はキラリと眼を輝かすと、電話機を取上げた。
「帆村君を願います」性急《せいきゅう》な声が聞えた。
「帆村は私ですが、貴方は?」
「ああ、帆村君。私です。捜査課長の大江山警部ですよ」それは故幾野課長の後を襲った新進《しんしん》の警部だった。
「大江山さんですか。また何かありましたか」
「ええ、あったどころじゃないです。唯今《ただいま》総監閣下が殺害《さつがい》されました」
「ナニ総監閣下が……? 本当ですか」
「困ったことですが、本当です」
「一体どうしたのです。どこでやられたのです」
「今日は御案内したとおり、深山理学士の赤外線テレヴィジョン装置を、本庁の一室にとりつけたのです。それは警戒を充
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