テレヴィジョンは、実験室に居て、その映写幕の上へ、例えば銀座街頭《きんざがいとう》に唯今現に通行している人の顔を見ることが出来るという器械だ。これが室内の様子を見るとなると、写真撮影場で使うような眩《まぶ》しい電灯を点じ、マネキン嬢の顔を強照明《きょうしょうめい》することによって、実験室でその顔を見ることが出来る。これが普通のテレヴィジョンであるが、それを赤外線で照らすことにし、この実験室にうつし出そうというのである。
深山理学士は、あの奇怪な轢死《れきし》婦人事件のあった日と前後して、この装置の製作にとりかかった。
それは丁度《ちょうど》新学期であった。この研究所内も上級の大学生や、大学院学生、さては助手などの配属の変更があって、ゴッタがえしをしていた。
赤外線研究の彼の仕事も、従来は助手も置かず唯一人でやっていたが、今度は赤外線テレヴィジョン装置を作ったり、ロケーションにゆかねばならなくなることも判り切っていたので、助手が一人欲しいと予算を出したところ、元来《がんらい》経済難のZ大学なので、助手案は一も二もなく蹴飛《けと》ばされたが、その代り大学部三年の学生で、是非《ぜひ》赤外線研究をやりたいというひとがいるから、助手がわりにそれを廻そう、当分我慢して、それを使えという所長からの話であった。
それは四月のたしか十日か十一日の午前九時ごろだった。深山理学士の研究室を外からコツコツとノックするものがあった。
「ちょっと待って下さい」
学士は室内から声をかけた。
五分ほど経って、学士はやっと戸口に近づいた。
「まだ居ますか?」
と妙《みょう》な、そしてどっちかというと失礼きわまる質問の言葉を、扉《ドア》を距《へだ》てて向うへ投げかけた。――学士の出てくるのに痺《しび》れをきらして帰ってゆく人も多かったので、こういうのが学士の習慣だった。人を待たすことに一向|頓着《とんじゃく》しないのも有名なる学士の習慣だった。
「はア――」
というような返辞《へんじ》と、カタリと靴の鳴る音が、扉《ドア》の彼方《あっち》でした。
学士はそこで渋々《しぶしぶ》とポケットから鍵を出すと戸口の鍵孔《かぎあな》に入れ、ガチャリと廻して扉を開いた。そこには思いがけなくもピンク色のワン・ピースを着た背の高い若い婦人が立っていた。
「あ――」
「深山先生でいらっしゃいましょうか
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