たように感じた。どうやらこれは単純な轢死事件ばかりとは云えぬらしい。
「しかし隅田」と当直は口を開いた。「兎《と》に角《かく》、お前は他人の屍体を処分してしまったことになるネ。あの轢死婦人の骨は持ってきたか」
「いや、それがです。実は火葬にしなかったのです」
「火葬にしなかった?」
「はい。私どもの墓地は相当広大でございまして、先祖代々|土葬《どそう》ということにして居ります。で、あの間違えたご婦人の遺骸《いがい》も、白木《しらき》の棺《かん》に納《おさ》めまして、そのまま土葬してございますような次第《しだい》です」
「ううん、土葬か」当直は、なあンだというような顔をした。「では直ぐに掘り出して、本署へ搬《はこ》んで来い。警官を立ち合わせるから、その指揮《しき》を仰《あお》ぐのだ。よいか」
 熊岡警官は、隅田乙吉について現場《げんじょう》へ出張することを命ぜられた。
 どうも、粗忽《そこつ》にも程《ほど》があるというものだ。いくら独《ひと》り歩《ある》きをさせてある妹だからといって、顔面《かお》が粉砕《ふんさい》してはいるが、身体の其の他の部分に何か見覚えの特徴があったろうし、また衣類や所持品が同じだといっても、そんなに厳密に同じものがあろう筈がない。これは警察の方でも屍体を持てあまし、早く処分したいと考えていたので、よくも検《しら》べず下《さ》げ渡《わた》したもので、引取人の乙吉が生れつきの粗忽者であることを知らなかったせいであると、当直《とうちょく》は断定した。そして熊岡警官が、婦人の屍体を掘りだしてくれば、再検査をすることによって、どこの誰だか判明するだろうと考えた。
 皆が出ていってから時間が相当経った。もう今頃は、隅田家《すみだけ》の墓地へ着いて暗闇の中に警察の提灯《ちょうちん》をふっているころだろう。掘りだした屍体がここへ帰ってくるまでには、まだ暇《ひま》があった。今のうちに喰べるものは喰べて置かないと、たとい若い婦人にしても、顔面のない屍体を見ると食慾がなくなるだろうと考えて、当直は夜食《やしょく》の親子丼《おやこどんぶり》の蓋《ふた》をとった。
 二箸《ふたはし》、三箸《みはし》つけたところへ、署外からジリジリと電話がかかって来た。
「当直へ電話です」と電話口へ出た見習《みならい》警官が云った。
「おお」当直は急いでもう一と箸、口の中に押しこむと、立
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