。これは、近視眼《きんしがん》の漢青年を利用したパノラマでしかなかったことが暴露《ばくろ》されたのだった。
外には、どうやら喊声《かんせい》があがっているような気配だった。
だが、どうしたのか、孫も王も、それからマリ子も上ってくる様子がなかった。漢青年は、片手にハンマーを掴《つか》むとヒラリと寝台の上に飛びあがり、やッと声をかけると、天井裏にとびついた。彼の全身にはエネルギーが、はちきれるように溢《あふ》れているのが感ぜられた。
彼の手に握られたハンマーは、天井板を木葉微塵《こっぱみじん》に砕《くだ》いていった。彼は勢いにまかせ、ドンドン上に向って出ていった。
壁土《かべつち》のようなものがバラバラと落ち、ガラガラと屋根瓦《やねがわら》が墜落すると、そのあとから、冷え冷えとする夜気《やき》が入ってきた。漢青年はその孔《あな》からヒラリと外に飛び出したのだった。
「おお、これは」
それは見覚えのある銀座裏の袋小路《ふくろこうじ》に相違《そうい》なかった。彼の立っているのは、カフェ・ドラゴンとお濠《ほり》との間にある日本|建《だて》の二階家の屋根だった。ハンマーで打ちぬいて来たのは、一部がとなりの煙突にぬける換気孔《かんきこう》だった。それは漢青年をして、杭州にある気持を抱かせるについて、二階家の中に建築した彼の密閉室《みっぺいしつ》の換気《かんき》を行う装置だった。
しかし、いつもの夜の銀座裏と違うところがあった。
それは、家の周囲に、幾千人の群集が集っていて、ワッワッと四方へ波のように動いていることだった。どこから射つのやら、ときどきヒューッと呻《うな》って、銃丸《じゅうがん》が耳をかすめて飛び去った。
「おお、此処《ここ》にいましたね、漢于仁《かんうじん》君」
いきなり漢青年の背後から声をかけたものがあった。彼はギョッとして、振向くとそこには夜目《よめ》にもそれと判る人の姿があった。それは、例の怪しい医師だった。
「これは一体、どうしたことなのです。そして君は誰です」漢青年の声は火のようであった。
「あなたの祖先《そせん》の地が、漢于仁君の帰国を待っています」その怪しい医師はパキパキした声で云った。
「なに!」
「一刻も早く御帰国なさい。だが此所《ここ》で御覧のとおり、事態は極度に悪化しています。遁《のが》れる路は唯一つ、お濠《ほり》をくぐって、山
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