ったような音響が、その段梯子の上から流れてきた。
「貴方の番ですよ」
と、頤髯《あごひげ》のある男がお喋《しゃべ》りを中止して、帆村の方に合図《あいず》をした。
帆村は恭々《うやうや》しく頭を下げると、しびれのする脚を伸ばして立ちあがった。
階下の明るさにくらべて、段梯子のうえは、暗闇にちかかった。彼は手さぐりに、のぼって行った。最後の段をのぼりきると、目の前には異様な光景が浮びあがったのだった。
十畳敷ほどの間が二つ、障子《しょうじ》があいていた。薄ぼんやりと明りがついている。小さいネオン燈《とう》が、シェードのうちに、桃色《ももいろ》の微《かす》かな光線をだしていた。床《とこ》の間《ま》を背に、こっちを向いて坐っているのは、婦人だった。暗くてよくは判らないが若くはない。その隣には、懐中電燈の載《の》った小机《こづくえ》を前にして頭の禿げあがった老人がいた。もう二人、背広姿の若い男がいて、これは婦人の前に畏《かしこま》っていた。
「では大竹さん」と老人は、隣の夫人に呼びかけた。
「序《ついで》に、も一つやってあげて下さい」
大竹さんと呼ばれた婦人は、無言で肯《うなず》いた。そのとき横顔がチラリと見えたが、四十を二つ三つ越したかと思われるブクブクと肥《こ》えた中年女であることがわかった。
あとそれにつづいて二人の背広男が、丁寧《ていねい》に頭を下げた。
「後《あと》のかた、まことに済みませんが、もう一つやりますから、少々お待ち下さい」
老人の静かな声に、帆村もまた無言で応諾《おうだく》した。
老人は席を立って、婦人の前にピタリと坐った。右手を婦人の額《ひたい》にあげていたが、やがてソッと引くと今度は掌《てのひら》を組み、胸のまえで上下に強く振った。
「昭和四年二月十八日|歿《ぼっ》す、俗名《ぞくみょう》宗清民《そうせいみん》の霊……」
老人の皺枯《しわが》れた声が終るか終らないうちに、
「ううッ、ああア」
と、大竹女史が呻声《うめきごえ》をあげた。
「それ出ました。声をおかけなさい」
と老人は手をあげて二人に合図をすると、元の小机《こづくえ》の前にかえっていった。
「宗《そう》先生ですか」
声をかけたのは、三十四五の男の方だった。
「わしは宗じゃ。今忙しいから後《あと》にこい」大竹女史が目を瞑《と》じたまま、男の声で答えた。
「先生、こっちは
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