ラス管のお尻をうける台をつくった。
黴くさい医学書が山のように積みあげられ、そしてわけのわからぬ錆ついた手術具や医療器械やが、所もせまくもちこまれている医学生吹矢の室は、もともと奇々怪々なる風景を呈していたが、いまこの珍客「生ける腸《はらわた》」を迎えて、いよいよ怪奇的装飾は整った。
吹矢は脚の高い三脚椅子を天井からぶら下る[#底本では「天井からぶら下げる」]ガラス管の前にもっていった。彼はその上にちょこんと腰をかけ、さも感にたえたというふうに腕組みして、清澄なる液体のなかに蠢くこの奇妙な人体の一部を凝視している。
ぐにゃ、、ぐにゃ、ぐにゃ。
ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ。[#底本では「ぶるっ、ぶるっ、ぶるっ。」]
見ていると腸《はらわた》は、人間の顔などでは到底表わせないような複雑な表情でもって、全面を曲げ動かしている。
「おかしなものだ。しかし、こいつはこうして見ていると、人間よりも高等な生き物のような気がする」
と医学生吹矢は、ふと論理学を超越した卓抜なる所見を洩らした。
それからのちの医学生吹矢は、彼自身が生ける腸《はらわた》になってしまうのではないかとおもわれるふうに、ガラス管の前に石像のように固くなったままいつまでも生ける腸《はらわた》から目を放そうとはしなかった。
食事も、尾籠な話であるが排泄も彼は極端に切りつめているようであった。ほんの一、二分でも、彼は生きている腸《はらわた》の前をはなれるのを好まなかった。
そういう状態が、三日もつづいた。
その揚句のことであった。
彼は連日の緊張生活に疲れ切って、いつの間にか三脚椅子の上に眠りこんでいたらしく自分の高鼾にはっと目ざめた。室内はまっくらであった。
彼は不吉な予感に襲われた。すぐと彼は椅子からとびおりて、電燈のスイッチをひねった。大切な、生ける腸《はらわた》が、もしや盗まれたのではないかと思ったからである。
「ふーん、まあよかった」
腸《はらわた》の入ったガラス管は、あいかわらず天井からぶらさがっていた。
だが彼は、間もなく悲鳴に似た叫び声をあげた。
「あっ、たいへんだ。腸《はらわた》が動いていない!」
彼はどすんと床の上に大きな音をたてて、尻餅をついた。彼は気違いのように頭髪をかきむしった。真黒い嵐のような絶望!
「ま、待てよ――」
彼はひとりで顔を赭らめて、立ちあがった。
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