んでくるように思われた。
「では私の話をきいていただきましょう」帆村探偵はソッと別室の半《なかば》開かれた扉を窺《うかが》うようにしてから、おもむろに口を開いた。「射撃手事件は、並々の事件ではないのです。犯人は、飛行船を組立てるように、なにからなにまで周到《しゅうとう》の注意を払《はら》って事件を計画しました。そこにはうっかり通りかかるとひっかからずには居られない陥穽《かんせい》や、飛びこむと再び外へ出られないような泥沼《どろぬま》を用意して置いたのです。ひっかかったものが不運なんです。私も貴方《あなた》同様に手も足も出なくなるところでした、もし犯人が最後に演じた大きい失敗をのこして呉《く》れなかったら。
 第一から第三まで、三人の若い婦人の射殺は巧妙に遂《と》げられました。三人の射たれた箇所《かしょ》は、完全に一致しています。貴方は弾丸《たま》の飛来した方向を計算で出されたようですね。あれは大体事実と符合していますが、唯少し補正《ほせい》が必要なのです。それは、犯人が弾丸を車外から射ちこんだのではなくて、車内から射ったという点を補正すればよろしい」
「犯人は車内にいたというお考えですな」と警部は云って、首を肯《うなず》かせた。
「犯人は車外から射撃したと思わせるためにいろんな注意を払っています。弾丸が向いの窓を通ったと思わせるために、被害者の前面には必ず空席をちょっと明けて置きました。射殺地点の一致は、車外に正確な器械があるのだと思わせるに役立ちました。被害者が十字架と髑髏《どくろ》のついた標章《マーク》を持っているということは、車内にいる犯人が犯行の直後に自ら標章を被害者のポケットにねじこんだものと考えられるのを、逆に車外の器械の正確さに結びつけることによって考えをかき乱《みだ》しました。兎《と》に角《かく》、薬莢《やっきょう》を拾わせたり、時にはタイヤをパンクさせて擬音《ぎおん》を利用したり、うまくごまかしていましたが、最後に赤星龍子嬢の傷口《きずぐち》によって一切のインチキは曝露《ばくろ》しました。
 龍子嬢は車輌の後方の隅に身体をもたせていました。彼女が正確に正面に向いていたことは始終眼をはなさなかった多田刑事が保証しています。彼女の向いの座席の窓枠《まどわく》は、鋼鉄車《こうてつしゃ》のことですから向って左端《さたん》から測《はか》って十センチの幅《はば》の、内面に板を張った縦長《たてなが》の壁となりそれから右へ四角い窓が開いています。もし車外から彼女の心臓を射ったとすると、この窓枠の縁《ふち》をスレスレに弾丸が通るはずです(と、彼は紙に書いた電車の図面の上へ鉛筆でいろんな線をひっぱった)。
[#図2、電車の図面]
 しかしこれは電車が静止していたときの話で電車が若し五十キロの速度で左へ走っていたものとすると、弾丸が向いの窓をとおって被害者の胸に達するまではすこし時間がかかりますから、創口《きずぐち》はずっと右側へ寄り、恐らく右胸か又は右腕あたりに当ることになります。しかも赤星龍子嬢は心臓より反対に左によった箇所を真正面から打たれているのですから、これは弾丸が、鋼鉄板《こうてついた》を打ち破り尚《なお》も物凄い勢いをもって被害者の胸を刺すことにならねば出来ない相談です。無論、現場《げんじょう》をしらべてみると、鋼鉄板に孔《あな》があいているどころか、弾丸の当ったあともありません。明らかにこれは車内で弾丸を射った証拠《しょうこ》です。車内で射ったという條件がきまると問題は大変簡単になります。車外の出来ごとは悉《ことごと》く問題の外《ほか》に置いていいのです」
 そう云って帆村探偵はちょっと言葉をきった。
「なるほど面白い推理ですね」と大江山警部は大きく頭をふって云った。「すると犯人の名は……」
 と云いかけたところへ、けたたましい警笛《けいてき》の響《ひびき》がして、自動車が病舎の玄関まで来てピタリと止った様子だった。やがて廊下をパタパタと跫音がすると、病室の扉《ドア》にコトコトとノックがきこえた。帆村探偵が席を立って開けてみると、多田刑事が笹木光吉を連れて立っていた。
「課長どの、すっかり種をあげてきました」と多田は晴やかに笑顔を作った。「これです、消音式《しょうおんしき》で無発光のピストルなんです。笹木邸の大欅《おおけやき》の洞穴《ほらあな》に仕かけてあったんです」といって真黒な茶筒《ちゃづつ》のようなものを、ズシリと机の上に置いた。
 大江山警部が茶筒をあけてみると、内部には果して一挺《いっちょう》のピストルが入っていた。弾丸をぬき出してみると、確かに口径《こうけい》四・五センチだ。ピストルの内部を開いて螺旋溝《らせんこう》の寸法《ディメンション》を顕微鏡《けんびきょう》で測ってみると、兼《か》ねて押収して置い
前へ 次へ
全14ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング