車にのりました。八時半でした。すると、私と赤星龍子の乗っていた車輌に、また殺人事件がおこりました」
「なに、人が殺された。銃創《じゅうそう》かい」
「そうです。若い婦人、二《ふた》ツ木《ぎ》兼子《かねこ》という名前らしいです。弾丸のあたったのは、矢張り心臓の真上です」
「よし、直ぐゆく。乗客は禁足《きんそく》しといたろうな」
「それが皆、出ちまったのです。あまり早く駅についたものですから……」
「馬鹿!」
大江山捜査課長はカンカンに怒って、四十|哩《マイル》で自動車を飛ばして、待避線《たいひせん》に収容された死人電車にとびこんでいった。
「課長、こっちに殺されています」と悄気《しょげ》かえった多田刑事が案内した。
「龍子はどうした」
「目黒で降りたようです」
「屍体なんか、どうでもよいから、今度からは龍子を其の場でとりおさえるんだぞ」
「課長、例の十字架に髑髏《どくろ》の標章《ひょうしょう》の入った小布《こぬの》が、死体の袂《たもと》の中から出てきました」
第二の犠牲者二ツ木兼子は二十歳あまりの和服すがたの丸ぽちゃ美人だった。
「弾丸は、この窓から、とんで入ったらしいです」
「地点はどうかッ!」
「昨日の一宮かおるの場合と全く同じなんです」
「ううむ」警部は呻《うな》った。
「専務車掌は倉内銀次郎か、どうか」
「違います。倉内は今日非番で、出てこないそうです」
そう言っているところへ、赤と金との筋の入った帽子を被《かぶ》った助役《じょやく》が、真蒼《まっさお》になって、とびこんできた。
「警視庁の方、ももも申し上げます」
「どうしたかッ」大江山警部は、ギョッとふりかえって、一喝《いっかつ》した。
「唯今、プラットホームへ入って来た上《のぼ》り電車で、乗客がまた一名射殺されました」
「なに、又殺されたッ、女か男か」
「奥様風の二十四五になる婦人です」
「上り電車の窓は皆締めるよう、エビス駅長へ警告しろッ」
「ハッ、でもこの暑さでは……」
「しっかりしろ、暑さよりも生命じゃないか、助役君」
待避線《たいひせん》にはガラ空《あ》き電車が二組も窮屈《きゅうくつ》そうにつながった。駅は上を下への大騒ぎだった。駅員はもとより、しっかりしていなければならない警官たちまでが、常識を喪《うしな》ったかのように、意味なく騒ぎまわった。捜査課長大江山警部だけは、眼を真紅《まっか》に充血させて呶鳴《どな》りちらしてはいるものの、一番冷静だった。
第三の犠牲者は三浦糸子と云った。可《か》なり上背《うわぜい》のある婦人で、クッションのように軟《やわらか》くて弾力のある肉付の所有者だった。銃丸は心臓の丁度真上にあたる部分を射って、大動脈《だいどうみゃく》を破壊してしまったものらしい。第一、第二の犠牲者に比して創口《きずぐち》はすこし上方にのぼっているのだった。三人の犠牲者は、いずれも左側の座席に腰を下ろしていたことが判った。そのうえ弾丸の射ちこまれた地点までが、物差で測《はか》ったようにピタリと一致していた。大江山警部の頭には、線路を距《へだ》てて、真暗な林に囲《かこま》れ立つ笹木邸の洋館が浮びあがってくるのを、払《はら》いのけることができなかった。
警部は数名の刑事を手許《てもと》によんで、一人一人に秘密の命令を耳打ちした。駅員には、上り電車がプラットホームに到着しても、車内に異状《いじょう》を認めない上でないと、乗客出入口の扉《ドア》を開いてはならないと命令した。
そのあとで警部は、今しがた第三の犠牲者のハンドバックから見付けてきた例の十字架に髑髏《どくろ》の標章《マーク》を、車内の明るい燈火《ともしび》の下で、注意深く調べた。前の二枚の標章《マーク》と合《あ》わせてこれで三枚になったのだった。警部の面《おもて》には困惑《こんわく》の色がアリアリと現れた。グッとその小布《こぬの》を掌《て》のうちに握りしめると、警部は、車外に出てザクリと砂利《じゃり》を踏んだ。
(おお呪《のろ》いの標章《マーク》よ)
警部は心の中でそう云って「ううむ」と呻《うな》り声《ごえ》をあげた。それを持っている人間ばかりが、どうして射殺されるのだろう。
窓外《そうがい》から弾丸を射ちこんだとすれば、その犯人は、なんという射撃の名人だろうか。呪《のろ》いの標章《マーク》を贈ったその人間を覘《ねら》うこと正確に、しかもその心臓を美事《みごと》に射ち貫《つらぬ》くことは、実に容易ならぬ技量である。だがこの悪意ある射撃は、世紀末的な廃頽《はいたい》せる現代に於《おい》て、なんと似合わしいデカダン・スポーツではあるまいか。
小暗《こぐら》いレールを踏み越えて、ヒラリとプラットホームに飛びあがった大江山警部の鼻先に、ヌックリ突立《つった》った男があった。
「大江山さん、豪
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