ていましたので」
「御商売は?」
「JOAKの技術部に勤めてます」
「JOAK! アノ放送局の技師ですか」大江山警部の顔面筋肉《がんめんきんにく》がピクリと動いた。
「そうです、どうかしましたか」
「『ラジオの日本』という雑誌を御存知ですか」
「無論知っています」
「貴方のお名前は光吉《ひかりきち》ですか」
「光吉《こうきち》です」
「大磯に別荘をお持ちですかな」
「いいえ」
「だれかに恨《うら》みをうけていらっしゃいませんか」
「いいえ、ちっとも」
「邸内に悪漢が忍び入ったような形跡《けいせき》はなかったですか」
「一向にききません」
 大江山警部は、さっぱり当りのない愚問《ぐもん》に、自《みずか》ら嫌気《いやけ》がさして、鳥渡《ちょっと》押し黙った。
「省線電車の殺人犯人は、まだ見当がつかないのですか」と反対に笹木光吉が口を切った。
「まだつきません」と警部は、ウッカリ返事をしてしまった。
「銃丸《たま》は車内で射ったものですか、それとも車外から射ちこんだものなんですか」
「……」警部はむずかしい顔をしただけだった。
「銃丸を身体の中へ打ちこんだ角度が判ると、どの方角から発射したかが識《し》れるんですが、御存知《ごぞんじ》ですか。殺されたお嬢さんは、心臓の真上を殆んど正面からうたれたそうですが、正確にいうとどの位の角度だけ傾《かたむ》いていましたかしら」
「さあ、それは……」警部はギクリとした。彼は屍体に喰《く》い込んだ弾丸の入射角《にゅうしゃかく》を正確に測ろうなどとは毛頭《もうとう》考えたことがなかった。「それは面白い方法ですね」
「面白いですよ、いいですか、これが電車です。電車の速度をベクトルで書くと、こうなります、弾丸の速度はこうです……」と笹木光吉は、三角|定規《じょうぎ》を組合わしたような線を、紙の上に引いてみせて、「これが弾丸《だんがん》の入射角《にゅうしゃかく》です。分解するとどの方向からとんで来たか、直ぐ出ます、やってごらんなさい」
[#図1、電車と弾丸の速度の関係図]
「あとからやってみましょう」
 と警部は礼を言った。
「射たれたとき、お嬢さんの身体はすこし右に倒れかかっていたそうですね」
「ほう、それをどうして御存知です」警部は驚愕《きょうがく》を強《し》いて隠そうと努力するのだった。
「あの晩、邸へ遊びに来た親類の女が云っていました。殺されたお嬢さんの直ぐ前に居たのだそうです」
「ああ、それでは若《も》しや日本髪《にほんがみ》の……」
「その通りです」
「その御婦人はどこに住んでいらっしゃいます」
「渋谷《しぶや》の鶯谷《うぐいすだに》アパート」
「お名前は?」
「赤星龍子《あかぼしりゅうこ》」


     5


 大江山警部は、夜に入っても、捜査課長室から動き出そうとしなかった。事件に関係のありそうな「謎」は後から後へと山積《さんせき》したものの、これ等《ら》を解くべき「鍵《キー》」らしいものは一向に見当らないのだった。
 この上は恥《はじ》を忍び、あえて満都《まんと》の嘲笑《ちょうしょう》に耐えて、しっかりした推理の足場を組みたてて事件の真相を掴《つか》まなければならない。警部はその第一着として、笹木光吉の残して行ってくれた弾丸の飛来方向《ひらいほうこう》の計算にとりかかった。
 改めて電話で、法医学教室へかおるの創管《そうかん》の角度は正確なところ、幾度となってるかを問いあわしたり、鉄道局を呼び出して、エビス目黒間に於ける電車の速度変化を訊《たず》ねたりして、数字を知ると、懸命に数式を解いた。なるほど、弾丸の飛来方向がちゃんと出て来たので現場を中心として、鉛筆でその方向に長々と直線をひっぱった。それは線路に、ほとんど九十度をなして交《まじわ》る方向だった。そして、なんとその弾丸線は、笹木邸の北隅《きたすみ》を貫いているのである。しかも弾丸線のぶつかった塀の下こそは、部下の多田刑事が、薬莢をひろってきた地点だったではないか。その地点から、電車の窓までの最短距離は僅々《きんきん》五十メートルしかなかったのだった。小さなピストルでも、容易に偉力《いりょく》を発揮できるほどの近さだった。
 それにしても、みすみす自分の邸が疑惑の的《まと》になると知りながら、この計算法を教えていった笹木光吉の真意というものが、警部にはサッパリ解らなかった。彼は、課長室の椅子にふんぞり反《かえ》って、大きい頭をいくたびとなく振ってみたものの、笹木の好意と悪意とが互いに相半《あいなか》ばして考えられるほかなかったのだった。
 ジリジリと喧《やかま》しく課長室の卓上電話が鳴ったのは、このときだった。
「課長どのですか」そういう声は、多田刑事だった。
「そうだ、多田君どうした」
「あの赤星龍子を渋谷からつけて、品川行の電
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